京の名水 古都の味

京料理を縁の下で支える
まろやかな酸味の「酢」

写真・伊藤 信 文・澤井祐輝(アリカ)

和食の味付けに欠かすことのできない調味料の一つ、酢。酢がもつ殺菌・滅菌作用は4〜5世紀頃に中国から造酢の技術が伝えられて以降活用され、かつては皇族や公家などだけが口にした高級品だった。海から遠い京の都では新鮮な海産物の入手が難しく、防腐のため酢や塩でしめてから運ばれる魚介を食していた。

やがて鯖寿司や箱寿司が京の伝統食として知られるようになる。魚を運んできた行商人は、京都から戻る際に酢を持ち帰っていったという。そうした食文化も相まって、京都には酢の醸造蔵が多く立ち並んでいた。

西陣に店を構える『林孝太郎造酢』は天保年間(1830〜45年)から続く一軒。

看板商品・米酢の原料は、米と水と種酢のみだ。種酢とは、酢酸発酵を終えた米酢を次の造酢の際に酢酸菌を加えるために保存したもの。代々受け継がれ、創業から変わらぬ菌で今も造られている。原料が限られる分、素材の良し悪しが重要だが、京都の酢独特のまろやかな酸味をつくるためには、京都の水が欠かせない。

酢

創業以来、この店では地下10メートルほどの浅井戸から汲む地下水を使っている。さらに深いところと比べると、カルシウムやマグネシウムの含有量が比較的少ない、ほどよい軟水のため、「雑味が少なく口当たりもやわらかい酢に仕上がります」と7代目の林孝樹さん。

口に入れると、ツンとする刺激はほとんど感じられず、するりと喉を通っていく。「自然の力に任せる発酵法では旨み成分が凝縮され、まろやかな酸味になります」。機械によって発酵を促し、大量生産する製法が主流の現代にあって、この店では半年から1年かけてゆっくりと発酵・熟成を進める昔ながらの手法で酢造りを続ける。「菌自らの働きを邪魔せず、手助けは最低限だけと心掛けています」。それは林さんが、「酢は縁の下の力持ちのような存在であるべき」という祖父の教えを守るから。素材本来の味を活かした京料理を引き立てるには、「でしゃばり過ぎない味」が大切だという。

ところで店が立つ西陣は、西陣織にも酢を使った歴史をもつ。色落ちを防ぐ「色止め」の効果があるからだ。この色止めは焼き物にも有効で、近年は清水焼の窯元なども店に求めにくるのだとか。

良水から生まれ、京の食はもちろん、伝統工芸も支えてきた酢。『林孝太郎造酢』では、長年培ったノウハウを用い、紫蘇酢や橙酢など、新たな酢も続々生み出している。次はどんな味と出合えるだろうか。

林孝太郎造酢

京都市上京区新町通寺之内上ル東入道正町455

電話:075-451-2071

営業時間:9:00~17:00

定休日:第2・4土曜・日曜、祝日

米酢(360ml)648円(税込)

  • 新型コロナウイルスの感染症の影響により、営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。ご来店時は事前に店舗にご確認ください。

*掲載情報は2021年5 月号掲載時点のものです。

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澤井祐輝(アリカ)さんが綴るコラム【京の名水 古都の味】。今回は「京料理を縁の下で支えるまろやかな酸味の「酢」」。