京都、路地のなじみ

銀座名店の味を受け継ぐ
和風仕立ての土鍋シチュー

写真・武甕育子 文・山下崇徳(アリカ)

人気歌舞伎役者が一堂に会する「吉例顔見世興行」などで知られる南座から、四条通を東へ。ひと筋目の大和大路通で南に少し歩を進めると、『シチュー専門店 銀之塔 祇園店』の看板が目に留まる。
建物の間を抜ける細い路地の奥、ビルの外階段を上っていくと店に到着だ。

ここは、東京・銀座の歌舞伎座近くにある名店『銀之塔』から唯一、暖簾分けを許された店。なぜ京都にあるのかという所以は、店主・間嶋美文まじまよしふみさんの半生を紐解くと見えてくる。

学生時代から、司法試験の勉強のかたわら、銀座『銀之塔』でアルバイトをしていた間嶋さん。なかなか試験に通らず失意の中にいた時、主人・平井光子さんに「一から本気で料理をしてみるか」と声を掛けられた。そこから意を決して、厳しい修業に日夜励んだという。

腕が認められた間嶋さんは31歳になった1981年(昭和56年)、出身地の京都に戻り、店を構えた。北山付近で創業し、数年後に八坂神社近くに移転。歌舞伎役者にも愛される店として名を馳せた。

2020年ビルの老朽化に伴い店をいったん閉じる。その後、間借り営業を経て2022年、再び祇園の地に戻ってきた。

看板メニューのシチューは、タン・ビーフ・ミックス・野菜の4種類から選べる。土鍋で供されるのは冷めにくいからで、歌舞伎座への出前が多かった銀座の店にならって。目の前に置かれてもなお、ふつふつと音を立てる熱々のシチューを口に運べば、コクは十二分にありながら、さらっとまろやかな味わいが広がる。

ブイヨンは牛肉の希少部位・ブリスケを野菜などと共に約7時間、丁寧にアクをとりながらじっくり煮込んで作る。一般の洋風シチューと異なり、あえてワインは入れない。戦後すぐはまだ珍しかった洋食の味に、大人も子どもも親しみやすいようにと考案されたレシピで、セットに白ご飯・香の物を付けるスタイルも、銀座から受け継ぐ。

人気のタンシチューにたっぷり5枚入るタンは、口内でほろほろとほどける軟らかさ。牛肉は間嶋さんが厚い信頼を寄せる、京都御所南にある精肉店『◯竹まるたけ』のもので、創業以来の付き合いだ。

銀座の味も、今ではすっかり京都で愛される名物となった。なじみ客には狂言師・茂山あきらさん、逸平さんら京都の文化人も名を連ねる。

このほど喜寿を迎えた間嶋さんが立つ厨房には、3年前「後を継ぐ」と言って修業を始めた息子さんの姿も。「人生何があるかわからない」と目を細める間嶋さん。名店の味が時代を超え、受け継がれてゆくのが何とも嬉しい。

シチュー専門店 銀之塔 祇園店

京都市東山区大和町1-6-6 ラテンビルⅡ202号

電話:090-5362-7982

営業時間:11:30~14:00、17:00~20:00(L.O.19:30)
※土・日曜・祝日は11:30~20:00(L.O.19:30)
※平日の14:00~17:00は予約のみ営業

定休日:火曜 席数:14

https://www.ginnotou.com/

「タンシチューとローストビーフのセット」5,500円(税込)
※支払いは現金のみ

*掲載情報は2025年11月号掲載時点のものです。

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山下崇徳(アリカ)さんが綴るコラム【京都、路地のなじみ】。今回は「銀座名店の味を受け継ぐ和風仕立ての土鍋シチュー」。