京の名水 古都の味
写真・伊藤信 文・山下崇徳(アリカ)
5段重ねの漆器に盛り付けられた蕎麦を、ひと口大に揚げた海老の天ぷらや錦糸玉子、椎茸の煮付けなど、彩り豊かな5種の〝薬味〞と共に楽しむ「宝来そば」。応仁の乱の2年前、1465年(寛正6年)に尾張国から菓子屋として京の都に移り、以来550余年の歴史を誇る老舗『本家尾張屋本店』の名物だ。
もう一つ、蕎麦粉を生地に使った「そば餅」も、同店の銘菓として知られる。そして、蕎麦と菓子、この両方を大切にしてきた老舗の味を支えるのが、京都の良質な地下水である。
京都御所の南にあたるこの地には、比叡山水系の豊かな水が流れ込む。店では地下約50メートルまで掘った井戸から水を汲み上げ、蕎麦打ちの際に使うほか、蕎麦を湯がく、出汁を取る、さらに菓子用の小豆を炊くといった、まさに味の要となる工程で地下水が用いられる。
「ミネラルを余分に含まない京都の軟水が、素材を邪魔せず、それぞれの旨みと深みをうまく引き出してくれます」と、16代目当主・稲岡亜里子さん。店の味を守るうえで、京都の地下水は欠かせない存在。
それゆえ先代は市内に支店を構えるとき、本店と同じ水質の水で出汁を引くことを条件とした。現在、四条店は毎日本店から出汁を運び、髙島屋店は本店と同じように比叡山水系の地下水を、ビル7階の店舗まで引き上げて使っているという。
水を大切にした先代の思いを受け継ぐ16代目。家業を継承する前はニューヨークを拠点とし、世界を舞台に写真家として活躍してきた異色の経歴を持つが、実は京都に戻るきっかけも、水が大きく関わっていた。当時、世界的なテロ事件発生に衝撃を受け、落ち込んでいたという。
そんな時期に訪れたアイスランドで、水をテーマに風景写真を撮影し、水・石・苔というアイスランドの自然に魅了され、元気をもらったそうだ。そこでふと、自らが生まれ育った京都の風景に通じるものを感じた。京都の寺院の苔庭や、当たり前だった井戸水のある暮らし……。「世界を旅したからこそ、地下水が街中に巡り、生活に根付いている京都の素晴らしさがわかりました。水が一番の宝です」。
『本家尾張屋本店』では、かつて縁起の良い食べ物として「宝来」と呼ばれていた蕎麦にちなみ、暖簾や器など随所に「寶」の文字があしらわれている。古都の夏の昼下がり、京の水が育み、代々受け継がれてきたこの「寶」の味をゆっくりと堪能したい。
本家尾張屋本店
京都市中京区車屋町通二条下ル
電話:075-231-3446
営業時間:11:00~15:00(L.O.14:30)、店頭販売9:00~17:00
定休日:なし
宝来そば 2,530円(税込)
※ 新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。ご来店時は事前に店舗にご確認ください。
*掲載情報は2021年8&9月号掲載時点のものです。
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山下崇徳(アリカ)さんが綴るコラム【京の名水 古都の味】。今回は「比叡山水系の地下水が育む 蕎麦老舗の変わらぬ味わい」。