京の名水 古都の味
写真・木村有希 文・永野香(アリカ)
京の台所、錦市場の一角に1790年(寛政2年)創業の老舗『京ゆば 湯波𠮷』はある。店の奥は銅製の鍋がずらりと並び、白い湯気がたちこめる工場。湯せんで温められ沸騰寸前となったゆば汁(豆乳)に膜が張ると、それを竹串ですっと引き上げる。
串にかけたまま鍋の上方で乾かされるゆばはかすかに揺れ、表面が静かに波打つ。「京都の古い店が『湯波』と書く由縁ですね。季節や気候により『同じ波』は一日としてないけれど、そこでいかに同じ仕上がりにするか。それが職人の仕事です」と語るのは9代目主人・越智元三さんだ。
ゆばの原料は大豆と水のみ。消泡剤などの添加物は使わず、木べらで泡をすくい取り、ていねいな手づくりを貫く。大豆を浸ける、炊く、ゆば汁を湯せんで温めるなど、どの工程にも水は欠かせない。そして、ここ錦市場にとっても「水は命」だと越智さんは言う。
そもそも平安時代にこの辺りに市が立ったのは、質の良い地下水に恵まれていたからと伝わる。その良水の地に江戸時代、幕府公認の魚市場が開かれ、やがて一大商店街に。ところが1960年(昭和35年)、電車の地下路線延伸に伴い、各店の井戸が涸れるという危機に見舞われた。
「塩素を含む水道水では、川魚は死んでしまう。井戸水はまさに生命線でした」。そこで錦市場では深さ80メートルの共同井戸を掘ることに。現在では市場の約120軒すべてに共同井水「錦の水」が行き渡る。夏は蒸し風呂のように暑く、冬は底冷えの厳しい『湯波𠮷』の工場においても、一年を通し一定温の井戸水は欠くことができないものだ。
茶懐石や仕出しの名だたる老舗にゆばを納める『湯波𠮷』では、店ごとの要望に応じてその厚みや汁の量などを繊細に調えてつくる。「何代も変わらず大切にしてくださる心に応えたいと、お顔を思い浮かべながらつくっています」。
最初にできる薄い膜を丹念につまみ上げた「つまみゆば」は、そんな要望に応えて生まれた濃厚な大豆の甘みがとろける一品だ。生ゆばを刺身で味わうのもいいが、乾ゆばを吸い物などに加え、ひと煮立ちさせるだけで滋味深く、華やかな献立となる。
「最近はお客様からゆばを使ったレシピを教えていただくことも多くて。春巻の皮にしたり、ラーメンに入れてもおいしいそうですよ」。禅の教えとともに中国から伝来したというゆば。京の水と細やかな技によって洗練された逸品は、今や和食に留まらず、どんな料理にも華を添え、やさしい旨みを届けてくれる。
京ゆば 湯波𠮷
京都市中京区錦小路通御幸町西入鍛冶屋町213
電話:075-221-1372
営業時間:9:00~18:00
定休日:第4水曜・日曜
つまみゆば464円~、京ゆば詰め合わせ A-2号(大原木ゆば10個・小巻ゆば22個・よせ巻きゆば10個)4,860円(税込)など
※ 新型コロナウイルスの感染症の影響により、営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。ご来店時は事前に店舗にご確認ください。
*掲載情報は2021年11月号掲載時点のものです。
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永野香(アリカ)さんが綴るコラム【京の名水 古都の味】。今回は「錦の水が生み出した京の名脇役「ゆば」」。