京都、路地のなじみ

入魂の餡がとろける
御所北の名物餅

写真・武甕育子 文・坂本綾(アリカ)

寺町通の北端近くに広がる住宅街。東を賀茂川、西を相国寺と同志社大、そして南を京都御苑などに囲まれた緑豊かな一帯である。

このあたりは明治時代に病院や学校が設立され、さらに市電が開通すると、やがて文化人や学者が多く住む閑静な住宅街となった。現在も、見事な屋根付き塀を巡らせた屋敷や大邸宅が点在している。

そんな界隈の住民でもなければ訪れそうにない静かな町の細い通りで、120年以上にわたって商いを続ける菓子店がある。大黒屋鎌餅本舗だ。

寺町通から向かうなら、織田信長本廟で知られる阿弥陀寺の門を目印に、門の前から西へ伸びる細い道を入ってすぐ。大きなガラスの入った木の引き戸や店名の書かれた軒先電灯が、何とも言えず懐かしい空気を醸し出している。

現在一人で店を切り盛りしている三代目店主・山田充哉さんが作るのは、名物・鎌餅のほか、でっち羊羹と最中、そして懐中しるこの4品だけ。にもかかわらず、店は客足の途切れることがほぼなく、なじみ客には大蔵流狂言の茂山家や観世流シテ方の味方家などの名前も聞こえる。相国寺や大徳寺といった寺院に品を納めることからも、信頼を裏切らない実直な菓子作りの様がうかがえる。

週に一度、鎌餅とでっち羊羹に使うこし餡を炊く日は、朝の7時に小豆を入れた鍋を火にかけることから始まる。渋を取り皮を取り、水にさらしてアクを抜いたら砂糖とともに炊いて……と、完成までに約12時間をかける大仕事だ。

さらに最中のつぶ餡は、また日を改めて炊く。大学卒業後家業を継ぎ、50年近く餡を炊き続けてきた充哉さんだが、「気候や湿度、小豆の状態などは毎回違うので、百点満点と思える餡が炊けるのは年に一、二度」と笑う。

さらに名物の鎌餅に使う求肥を作るのは、毎日の仕事。多い時には日に三度ほど、蒸し上げた餅粉に白ザラメを加えて、火にかけながらきめ細かな餅になるまで練り上げる。熱々の餅で手早く餡を包むうち、みるみる細長い鎌の形に整っていく様は、まさに職人技だ。

出来上がった鎌餅は、清涼な香りを放つ「へぎ」にくるまれる。その端正な姿がまず目のごちそう。

そして、ふんわりすべすべとした餅肌の優しさ。口に入れると、なめらかなのに存外歯切れの良い求肥の中からこし餡が顔を出し、小豆の風味とほのかな黒糖の香りとともにとろけ、喉の奥へ滑り落ちていく。何とも忘れえぬ味とはこのことで、食べ終えたそばから次が楽しみになるのである。

大黒屋鎌餅本舗

京都市上京区寺町通今出川上ル四丁目阿弥陀寺前町25

電話:075-231-1495

営業時間:8:30~18:30
※9:30~10:30頃は配達のため一時閉店

定休日:水・木曜

「鎌餅」1個260円、
白箱入り(4個~)1,180円~、
進物箱入り(8個~)2,320円~
(いずれも税込)
※支払いは現金のみ

*掲載情報は2024年10月号掲載時点のものです。

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坂本綾(アリカ)さんが綴るコラム【京都、路地のなじみ】。今回は「入魂の餡がとろける 御所北の名物餅」。