京都、路地のなじみ

祇園の小径の「食べもん屋」でひとり鍋の愉楽

写真・伊藤信 文・永野香(アリカ)

「碁盤目の町」と言われる京都の通りは、直角に交わるというイメージを抱く人も多いだろう。だが、表通りから細く伸びる小径はくねったり、行き止まったり。冒険心をくすぐる路地はこの町を歩く楽しみの一つであり、そこには京都人が通う「なじみ」の店も多く佇む。

賑わう観光の中心地でも、一歩入れば静けさに包まれる。祇園白川・巽橋のたもと、辰巳大明神の小さな祠が面する新橋通から北へ伸びる路地。人一人通るのがやっとの巽小路を、道なりに曲がったその先に『小鍋屋 いさきち』はある。

カウンター7席と小上がりに2卓というこぢんまりとした店。名物はその名の通り小鍋料理で、芸舞妓の花名刺に彩られたカウンターには一席ずつ電磁コンロが埋め込まれている。

「一人用の鍋やったら、お客に連れられて来る芸舞妓さんも食べやすいやろ」と語るのは、この店を一人で切り盛りする大将・細川勇さん、御年77歳。『たん熊 本店』を皮切りに修業を重ね、33歳のとき独立。約27年前からこの地で小鍋屋を営む。

「九条ねぎととり」を頼んでみた。肉厚で甘みの深い九条ねぎにつるりと滑らかな豆腐、程よい弾力の鶏肉。そして出汁が染み、とろけるように軟らかい麩がたまらない。麩は15種類ほどの小鍋すべてに入るといい、隠れた主役とも言える。澄んだ出汁は、思わず飲み干したくなるほど上品な味わいだ。

「食べもん屋は、基本の出汁にこだわらんと」。豆腐やあげを仕入れる宮川町の千代豆腐店で汲ませてもらう井戸水で、利尻昆布を小一時間煮出し、差し水でやや落ち着かせてから鰹の削り節を投入する。その頃合いが難しいが、長年の経験に裏打ちされた技が、極上の旨みを引き出す。

そうして丁寧にとった出汁は、カウンターに7~8種類並ぶおばんざいにも、ふんだんに使う。突き出しにも登場するおからは柚子がふわっと香り、しっとりなめらかな舌触りでファンが多い一品。ただしこちら、品書きでは「長いまま」。「『なんのこと?』と会話のきっかけになるやろ」。

京都ではおからのことを「きらず」と言い、それにまつわる小咄が由来という。どんな話かは、ぜひ店で大将に聞いてみてほしい。

南座の歌舞伎役者をはじめ、祇園で仕事を終えた人々がゆっくりご飯が食べられるようにと、深夜3時まで営業。「夜遅うまでやってるけど2軒目やのうて1軒目。うちは食べもん屋やから」。京都に来るたび立ち寄る人も多く、夜到着の旅人にも心強い「食べもん屋」である。

小鍋屋 いさきち

京都市東山区祇園花見小路通 新橋西入ル巽小路上ル西之町232-5

電話:075-531-8803

営業時間:18:00~翌3:00(L.O.翌2:30)

定休日:日曜・祝日

「九条ねぎととり」1,980円(税込)

  • 支払いは現金のみ

*掲載情報は2024年3月号掲載時点のものです。

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永野香(アリカ)さんが綴るコラム【京都、路地のなじみ】。今回は「祇園の小径の「食べもん屋」でひとり鍋の愉楽」。