京都、路地のなじみ
写真・伊藤信 文・西本遥菜(アリカ)
西洋文化が生活の中へ急速に広がり、音楽の場も変容していった1960年〜70年代。京都で全盛期を迎えた一つが「ジャズ喫茶」だ。当時は市内だけで30軒以上あり、中でも大学周辺の店はいつも学生でいっぱいだったという。
現在も続く6軒の一つ、『jazz spot YAMATOYA』は京都大の学生が下宿する界隈、熊野神社近くの路地裏に佇んでいる。
「高校時代から同志社大近くのジャズ喫茶『BIG BEAT』にずっと通っていて。そこのマスターに『そんなに好きなら自分でやれば?』と言われたんです」と語るのは、店主の熊代忠文さん。もともとここは父が開いた質店『大和屋』だったが、1970年に思い切って転業。2013年の建て替えを経て、ウィリアム・モリスの壁紙や赤絨毯が印象的な店となり、英国製スピーカー「VITAVOX KLIPSCHORN」がレコードの音を柔らかく響かせている。
かたわらのアップライトピアノには、店の歴史を象徴する逸話がたくさん残る。最初に弾いたのはフリー・ジャズの先駆者として知られるセシル・テイラー。ほかにもキース・ジャレットやケニー・ドリューと名だたるピアニストが訪れ、この鍵盤を叩いている。
クリスマスに家族と一緒に訪れ、演奏したのはチック・コリア。実は彼が京都滞在中に、家探しを手伝ったり居酒屋へ案内したりしたという。
「店を開いてからも、勉強のため東京へよく遊びに行ってたんです。そこで人脈ができ、いろんなミュージシャンとの交流も広がって。得した人生やなあと思います」と、少年のように笑う熊代さん。その人なつっこく温かい笑顔が、多くの音楽家やファンを惹きつけてきたのだろう。
そんな名物店主の淹れる「コーヒーハーフ&ハーフ」を注文。不思議なネーミングだが、北海道の焙煎所から取り寄せるトラジャコーヒーを中心とした苦みの強いブレンドと、京都の玉屋珈琲店のヨーロピアンブレンドを軸とした酸味の強いブレンドを半分ずつ混ぜ、「いいとこどり」したメニューと聞いて納得。
挽きたての豆を丁寧にハンドドリップした一杯は、複雑で豊かな旨みだ。「店をするからには絶対に美味しいと言ってもらえるものを出したい。そのための努力や研究は惜しみたくないんです」。
82歳になった今も、フードやアルコールを含めメニューを充実させる熊代さんである。
深い味わいの一杯をゆっくり口に運びつつ、極上の音とリズムに身を委ねよう。「昭和の京都」が偲べるジャズ喫茶には刺激的な休息時間が待っている。
jazz spot YAMATOYA
京都市左京区熊野神社交差点東入ル2筋目下ル
電話:075-761-7685
営業時間:12:00~22:00(L.O. 21:30)
定休日:水曜(祝日は営業)、第2・4木曜、1月1日
「コーヒー ハーフ&ハーフ」700円(税込)
※支払いは現金のみ
*掲載情報は2024年7月号掲載時点のものです。
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西本遥菜(アリカ)さんが綴るコラム【京都、路地のなじみ】。今回は「半世紀、極上の音を届けるジャズ喫茶でコーヒーを」。