京の朝食
写真・木村有希 文・藤本りお(アリカ)
石畳の小径に、苔の緑と池がしっとりした趣を見せる露地(茶庭)を抜け、 数寄屋造の一棟へと誘われる。京懐石の老舗として名を馳せる『瓢亭 本店』で待ち受けるのは、まるで時が止まったかのような別世界。
南禅寺境内で門番小屋を兼ねた腰掛茶屋として庵を結んだのが、450年以上前。1837年(天保8年)に料亭として創業し、京の旦那衆や文化人などに愛されてきた。界隈は明治から昭和にかけて政財界人が別邸を構えた一帯で、隣接する山縣有朋邸を訪れた伊藤博文や品川弥二郎らも常連だったという。
この本店で、夏の朝に供されるのが「朝がゆ」だ。さっぱりとした酸味の梅湯に始まり、和え物・蒸し物・炊き合わせの三段重、 黄身がとろりとやわらかな名物・瓢亭玉子を中心とした八寸に、鮎の塩焼き、椀物が並ぶ。
来店後に炊き始められる白がゆは、出汁に淡口醤油と濃口醤油を合わせた濃いめの葛餡で。「朝ですので奇をてらわず、箸が進みやすい料理をご用意しています」と15代当主の髙橋義弘さん。
月により内容は少し変わり、毎年7月は京都の農家から直接仕入れる賀茂なすの田楽が定番。ほかにも笹巻寿司や鰻の八幡巻き、スズキのもずく添えなど、朝からなんとも贅沢な品々が登場する。白がゆの葛餡や豆腐の椀物、炊き合わせは、鮪節と利尻昆布でひいた出汁の旨みがじんわりと染みわたり、朝の身体を穏やかに目覚めさせてくれる。
この名物が誕生したのは、店に従業員も住み込みで働いていた江戸時代後期のこと。祇園で夜通し遊んだ常連客がそのまま朝に店を訪れ、「何か食べさせてくれ」と言ったことから、朝がゆを供し始めたとか。かゆが炊けるまでの間、まずはつまめるものをと様々な料理を出したスタイルが評判を呼び、1868年(明治元年)からは店の正式な献立となった。
本店では夏の7・8月限定だが、ほかの時期にも味わいたいという声に応えて、隣接する別館では通年で用意されている(時期により白がゆと鶉がゆがあり、内容は本店と異なる)。
本店での夏の朝がゆを心待ちにする常連客は今も多く、毎年同じ顔ぶれで集まり、話に花を咲かせるという。かつては祇園で呑んだ翌朝に、瓢亭で朝がゆを楽しみながら、また一献という人も多かった。「よく遊び、よく召し上がっておられましたね」と髙橋さん。京の旦那衆をお手本に、庭の緑を愛でながら朝餉を肴に呑むのもまた一興だ。
瓢亭 本店
京都市左京区南禅寺草川町35
電話:075-771-4116
営業時間:12:00~15:00( 13:00L.O.)、17:00~21:30(19:00L.O.)
定休日:水曜
「朝がゆ」6,957円(税・サ込)
※ 新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。ご来店時は事前に店舗にご確認ください。
*掲載情報は2022年7月号掲載時点のものです。
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藤本りお(アリカ)さんが綴るコラム【京の朝食】。今回は「祇園に遊ぶ旦那衆や 政財界人に愛された名料亭、夏の朝がゆ」。