京都、路地のなじみ

焼きたての香りで目覚める
「泊まれるパン屋さん」

写真・伊藤 信 文・石嵜綾子(アリカ)

五条通の一筋北、河原町通から西へ延びる万寿寺通まんじゅうじどおりは、車が1台通れるかどうかの細い通りだ。家並みの中に古い仏具店が点在し、かつては仏壇職人も多く住んだという路地を進むと、白壁を緑の蔦が覆う洒落た4階建てが現れた。

扉を開けば、やはり真っ白な漆喰の塗り壁を、フィラメント電球の灯りがほんのり照らす。店頭にはベーグルやスコーンなどおよそ20種類が並び、芳しい香りにふわっと包まれた。

この通りで生まれ育ち、市内のホテルなどで料理の腕を磨いた中澤衛なかざわまもるさんが2018年に開業した小さなホテル『京の森 有隣舎』。ここは、その1階に2020年併設された『BAKERY&DINING 603』だ。開店以来、独自のパンレシピを生み出してきた中澤さんは全6室のホテルに滞在する旅人、そして地元のなじみ客のために毎朝、多彩なパンを焼き上げている。

看板商品のベーグルは、レーズンで作った自家製酵母を使った生地でしっとり、もちっとした食感。中の餡やジャムも、もちろん手作りだ。栗やサツマイモなどが入った定番商品のほか、柿やカボチャといった旬の果実を使ったものも豊富。

さらに「たこ焼き」「ブルーハワイ」といった興味をそそるラインナップも。たとえば「たこ焼き」は、鰹節のイメージを全粒粉で表し紅生姜はペッパーに代え、青のりは生地に練り込んでその世界観を巧みに映し込む。人気のものは朝のうちに売り切れることも多いそうだ。

パンはテイクアウトもイートインもできるが、木のテーブルが置かれたぬくもりある店内でのもう一つのお楽しみが「ブランチセット」。ホテルの朝食から生まれ、今は宿泊客でなくとも味わえるこのメニューは、新鮮な野菜を盛り込んだデリ数種と、"京都ぽーく"で作った自家製ハム、そして日替わりの卵料理をのせたプレートにパンが付く。

欧米からのゲストにはベジタリアンも多いため、デリの素材は植物性を中心にしている。1年熟成のジャガイモと旬菜で作るポテトサラダ、アンチョビの代わりにドライトマトを使ったタプナードなど、素材の旨みとコクを引き出した味わいは、どれも植物性素材だけでつくったとは思えないほどの満足感だ。

アットホームな空気を気に入り、中には10連泊する人もいるそう。だから料理の内容は日々変える。「こんな小さな所を見つけ、時間をかけて遠路来ていただいたお客様に精一杯のもてなしをしたいので」。

パンにも料理にも、"内面の京都らしさ"にこだわる中澤さんの思いが詰まっている。

BAKERY&DINING 603

京都市下京区万寿寺通御幸町西入堅田町603 京の森 有隣舎内

電話:075-746-7906

営業時間:8:00~16:00

定休日:不定休  ※休業日はInstagram @mamoru_yurinshaでご確認ください

「ブランチセット」1,500円(税込)
※好みのパンに変更の場合は、ブランチプレート 1,400円(税込)+パンの価格

*掲載情報は2025年10月号掲載時点のものです。

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石嵜綾子(アリカ)さんが綴るコラム【京都、路地のなじみ】。今回は「焼きたての香りで目覚める「泊まれるパン屋さん」」。