銀座の謎
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
銀座には中古のカメラを扱う写真店が何店舗かある。愛好家の間では、中古は「チュウブル」と読むのが正しいとされているようだ。
また、カラーフィルムは、ポジ(スライド)とネガの違いがあるが、モノクロフィルムは銀塩の化学反応を利用しているので、通は、銀塩写真、銀塩フィルムなどという。
銀座の中古カメラ店を散歩がてら覗いていると、上品な替え上着にアスコットタイという洒落た恰好の老紳士が、ドイツ製の年代物のカメラを手にして相好を崩している。それが昭和の名優、滝沢修さんだったりした。
また、あるときは、ずらりと並べられた評判のレンズをウィンドウ越しに真剣な面持ちで注視している、古今亭志ん朝師匠を目撃したりした。
かつて、フィルムカメラは大人の紳士の趣味として確立されていたのだった。それがデジタル時代になり、少し寂しい思いをしていた。手軽に高品質の写真を手に入れることができるようになったのだが、同時に少しばかり安直で安易な写真を撮るようになってしまった。
いや、これは僕個人の感想だ。先年、海外旅行をしたのだが、かつて何台ものカメラと交換レンズをショルダーバッグに入れ、1ダースパックのフィルムを持参したころは、もう少し真面目に写真撮影と対峙していたような気がする。
そろそろ、フィルム撮影に戻ろうかと考えている。いろいろなものを、アナログに戻せるものはアナログに戻そうと思っている。
かつては銀座一丁目に店舗があり、それが店名にもなっている、プロフェッショナル用の写真機材レンタル専門の写真店が数年前に移転した。店頭では一般客にカメラやフィルムの販売もしている。
引っ越し先は歌舞伎座の近所で、昭和通りに面した細長いビルだ。最近ではペンシルビルなどというのだろうか。
やっぱりカメラはフィルムだな。そんな気持を抱いて、久しぶりに歌舞伎座の近くの写真店に出向いた。細長いビルの大半のフロアは事務所で、8階がショールーム兼カメラ販売の店舗であった。
なんと、この8階はフィルムカメラ専門店なのだという。古い引き伸ばし機や旧西独製カメラが整然と並んでいる。
いまどき、デジタルカメラは扱っていませんという心意気がいい。やはり、フィルムに対する郷愁は衰えることがないのだろう。
店長から、アメリカの大手フィルムメーカーが、かつて定番だったカラーフィルムの再生産をはじめるという、耳寄りな話も聞けた。こうした貴重な情報を得られるのも、銀座の老舗の一得なのだった。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。現在、『山口瞳 電子全集』(小学館)の解説を執筆中。
*掲載情報は2019年1&2月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座の謎】。今回は 「銀塩カメラの聖地で考えた、そろそろ、フィルムに戻ろうか」。