銀座の謎
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
最近は、若い女性を中心として、にわかに刀剣ブームだという。最初は日本刀を擬人化したブラウザゲームからはじまったようだが、各地で開かれる展示会や常設の美術館は、刀剣ファンの女性たちで黒山の人だかりになる。
そんな中、銀座周辺にはいくつもの刀剣商店が軒を連ね、その数は有名店だけでも10軒を超えそうだ。集合ビルの中で、こぢんまりと店を開いている骨董商・美術商で刀剣を扱う個人商店などを数えたら、ずいぶんの数になるのではないだろうか。
なるほど、花のお江戸に刀剣を商う店は昔から数多くあったのだろうと推測したのだが、そうではないらしい。銀座の美術刀剣の店の歴史は、鎌倉・室町時代以来、連綿とつづく日本刀の長い歩みを考えると、江戸時代からその姿を今に残しているのかと思っていたのだが、少し事情が違うようだ。
その刀剣の長い時間とはほど遠く、戦後の復興期から、主に進駐軍や諸外国の観光客相手のみやげ物として発達したのだという。
これもまた一つの銀座の謎ではないだろうか。
最初は骨董品を扱うような古美術商が日本刀も置いていたのが、本格的な刀剣商になったもの、あるいは意外にも1970年代創業という店舗が老舗に数えられている。だからといって扱うのは鎌倉室町に遡る、いずれも名だたる名工の鍛えた業物だから、けっして名折れとなるようなものではない。
僕が好きな言葉に、「平和主義者の兵器好き」、というのがある。たぶん僕の造語だと思うが、先行する至言があるならば、申し訳ない。
兵器には一種の究極の合理主義が貫かれていて、結果的に様式美を形成する。日本の美術刀剣にも同じことが言えるのではないだろうか。
銀座に出ると必ず覗くのが昭和通り沿いのT、すずらん通りのS、そして銀座ファイブ2階のSだ。いずれも老舗ならではの熟練した店員さんがていねいに応対してくれる。
店内で名刀と呼ばれるようなものを拝見することがある。日本刀を手にして驚くのは、その見た目とはほど遠い軽さだ。同じ長さの鉄の棒の重さと比べて、実に軽量なのだ。
とことんまで鍛え上げた刀剣は不純物がはじき出された結果、純粋な鋼の重量だけが残るのだろう。
西洋のナイフを握ると、使いたくなる。しかし、日本刀を手にすると、深山幽谷で瞑想しているかのように、気持ちはすっと静まり落ち着く。何か厳粛な思いがして、何かを切りたいなどとは微塵も感じない。
これも日本刀の不思議なところだ。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。配信中の『山口瞳 電子全集』(小学館)に解説「草臥山房通信」を執筆。
*掲載情報は2020年4月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座の謎】。今回は「心酔する人びと続出。銀座にて、刀剣ブームに触れる」。