銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
銀座のことを書いていると話したら、自宅がある最寄り駅の商店街で小料理屋を経営している店主が、紹介したい店があると教えてくれた。仕入れは築地の魚河岸まで出かけていたから、いきおい銀座周辺の地理にも詳しいのだった。
紹介してもらったお店は『新世界グリル梵』というビーフヘレカツサンドの専門店であった。腕に自慢の、味に五月蠅い彼が、ぜひにと薦めるのだから、いずれにしても名店であろう。これまで知らなかったのが不思議でもある。
場所としては銀座7丁目で、僕の立ち回り先としては盲点になっていた。この辺りで、よく歩くのは東劇のある松竹のビル周辺だ。映画を観るときは有楽町から晴海通りを歩いて来るので、どうしても7丁目方向に足が向かない。
ビル群の中に、小奇麗で洒落た佇まいの喫茶店風の店があり、覗いてみるとカウンター席のみで、テイクアウトが主流のように見受けられた。そんなカウンターの一席に座り、ビーフヘレカツサンドのハーフサイズを注文する。
この店は、本店が大阪で70年以上の歴史を持つ。ビーフヘレカツサンドという単品にこだわったところが大阪の粋だ。関西ではフィレ肉のことをヘレというので、この名前がある。目の前で調理されたサンドイッチは軟らかく、喉越しも快適である。初めて食したのに、何やら懐かしい既視感を覚えた。
店内の壁を見ると、歌舞伎座や新橋演舞場の出演者たちの色紙が所狭しと張り出されている。そうか、テイクアウトは役者さんたちが注文し、楽屋で食べるのだろう。以前に書いたかもしれないが、僕は旅芸人の子どものように都内の劇場やホールの楽屋に出入りしていた。親戚に芸能人が多いからだ。
そして、日舞の会などでは名取が弟子に差し入れをする風習があり、“まきもの”と呼ばれる、手拭いやお弁当などが配られた。漢字だと撒き物か蒔き物か。
子どもの頃、まきものというから映画『柳生武芸帳』に出てくる巻物をくれるのかと思ったら、お菓子だったのでがっかりした記憶がある。僕が『グリル梵』のサンドイッチに懐かしさを覚えたのは、そんな折に、楽屋で食べていたものに近い雰囲気を感じたからだろう。
美味しいものに目がない舞台人のお眼鏡にかなっているのだから、こちらのサンドイッチは折り紙付きということだ。聞くところによると、今や来店客の8割方がインバウンドであるとのことだった。おそらくはネット上などで美味しいとの噂が広がっているのではないか。新しいお店の開拓のはずが、懐かしい昔を思い出す縁となった。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*文中のお店ではクレジットカードはご利用できません。
*掲載情報は2024年1&2月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「銀座で味わう大阪の粋」。