銀座の不思議

古代ローマの
城塞都市もかくや⁉

文・山口正介 イラスト・駿高泰子

Text by Shosuke YAMAGUCHI

Illustration by Yasuco SUDAKA

ちょっと前の新聞に、東京高速道路(通称KK線)が遊歩道に生まれ変わるという記事が出ていた。KK線とは聞き慣れないが、東京高速道路株式会社の株式会社の略だろうか。

かねてより気になっていたのだが、土橋にKK線への進入口があり、高架の道路がJRの山手線と平行して走る。有楽町を過ぎて、新京橋出口に降りるが、首都高に入ることもできる。

KK線の高架下には、それぞれ『銀座ナイン』『銀座コリドー街』『銀座ファイブ』などと名づけられた商業店舗が入る。逆方向に走行すれば、土橋の上で左折して浜離宮辺りで、やはり首都高の都心環状線に接続する。まるで砦のように銀座8丁をぐるりと取り囲んでいるのだ。

KK線はあまり利用したことはないのだが、資料によると一日に3万台程度の交通量があるという。そもそもは、銀座の戦後復興と渋滞緩和のために建設された。最初の着工は1953年(昭和28年)と古く、外堀、汐留川、京橋川を埋め立てて造られた。すべてが完成したのは、1966年(昭和41年)だ。

このKK線、僕が一番不思議に思っていたのは、無料だということだ。首都高とは別会社で、高架下のテナントからの賃貸料で運営されているから無料なのだ。

およそ日本の高速道路というと、諸外国に比べて料金が高いと言われている。フリーウェイというのは信号なしの高速道路という意味ではなく、無料という意味だという。無料のKK線は、まさに文字どおりのフリーウェイだったのだ。

イラスト・駿高泰子

このKK線は、あくまでも道路の渋滞緩和と利便性などを優先して造られた。

しかし、首都高の日本橋地区の地下化の計画などもあり、交通を取り巻く状況も変化し、その当初の役割を終えようとしている。

ここで浮かんできたのが、高架を利用して、遊歩道にするというアイデアだった。パリやニューヨークなどでは、すでに廃線の跡地が遊歩道化されているし、ヨーロッパの都市部に残る旧市街を取り囲む城壁の上が遊歩道になっているケースもある。古代ローマ帝国の城塞都市では、迫り来る敵兵に向かって矢を射かけたり、岩を投げ落としたりした城壁の上が、今では平和な散歩道へと変貌しているのだ。

これにならってということでもないが、高速道路の車道部分が遊歩道に生まれ変わるというのは、いいことだろう。

何千年後かの未来人が銀座を発掘したら、銀座8丁を取り囲む城壁を見て、古代ローマ帝国の版図は東洋にまで及んでいたと誤解するかもしれない。

やまぐち しょうすけ

作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。

*掲載情報は2021年6月号掲載時点のものです。

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山口正介さんが綴るコラム【銀座の不思議】。「古代ローマの城塞都市もかくや!?」。