銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
楽屋育ち、というような言葉があるだろうか。旅から旅への、旅芸人の子どもは親が舞台に出ている間、楽屋の畳の上で遊びながら、親が戻ってくるのを待っている。
少し哀れを誘うような、もの悲しい景色だが、僕も物心つく前から楽屋で育ったようなものだ。二人の叔母が日本舞踊の名取で、しょっちゅう都内の劇場やホールで発表会を開いていた。そこに母親がお手伝いに付いていて、手の空いた時には客席で鑑賞していた。
いきおい僕や叔母の子どもたちは楽屋でほったらかされていて、叔母のお弟子さんたちがおもしろ半分に子守をしていた。
ちょうど離乳食になったばかりの僕が何でも食べるというので、母の目の届かないところで、お弟子さんたちが代わる代わる僕にお菓子などを食べさせた。僕は腹を壊して母乳に戻ってしまい、それまでは肥満児であったのだが、二度と太ることがなかった。
そんなこともあって、都内の目ぼしい劇場やホールの楽屋は、たいがい知っている。銀座が劇場街かといえば、そうでもないようなところもあるが、大は歌舞伎座からはじまって、大小の劇場が意外にあるのだった。
1985年、オペラ歌手の友竹正則さんが、父の『江分利満氏の優雅な生活』をエッセイ・ミュージカルとして上演した。2丁目か3丁目の、銀座通りに面した商業ビルの中にあった小さなホールだったが、古いことでもあり名前は失念した。構成、演出は竹邑類さんだった。
小説を一人芝居のミュージカル仕立てにするというもので、かなり難しい試みではあったが、上手くまとまっていたと思う。
残念ながら、友竹さんは早くに亡くなられ、そのあとを米米CLUBのジェームス小野田さんが引き継ぐ。1998年に再演され、翌99年には、銀座の博品館劇場で再々演されることとなる。
その2月24日、僕はミュージカル上演後の講演に出演、ゲストとして博品館の舞台を踏んでいる。作品の背景や父の人となりを小一時間ばかり話した。
後にも先にも、銀座の舞台に出演したのは、このときだけだ。楽屋育ちの面目躍如といったところだろうか。
数々の舞台演出や振り付け、また三島由紀夫との思い出を書いたりして多彩な活躍をされた竹邑類さんだったが、惜しくも2013年に亡くなられた。
ご葬儀というか演劇葬のようなものが2014年2月25日、博品館のロビーで執り行われた。僕も会場に足を運んだが、演劇から身を引いて長くなり、会葬者にも劇団関係者にも顔見知りはいなかった。
これも時の流れだろうか、思い出の博品館ではあった。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2022年7月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「銀座に残る 旅芸人の記憶」。