銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
生来、面倒くさがりで不器用なのにもかかわらず、若いころは写真家になりたいと思っていた。
何度も書いているのでお恥ずかしいが、高校のころ、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の映画『欲望』を観て、主人公の写真家に憧れたものだ。
もっとも、写真歴はすでに長く、中学2年生のときに引っ越してきた、東京郊外の家の庭にアトリなどの珍しい野鳥が飛来するので、写真に収めようとしていた。
幸い、同級生で生物部の部長だった友人の父親が日本を代表するカメラメーカーの方だったので、社内販売価格で機材を購入することができた。当然のことながら親が出してくれたのだが。
だから最初に手にしたのが、野鳥撮影用の200ミリ望遠レンズと廉価版の一眼レフという風変わりな取り合わせになってしまった。
大学在学中に僕は不遜にも、後に日本写真著作権協会会長になる写真家の田沼武能さんに、卒業したら弟子にしてください、と言ってしまった。田沼さんは父の仕事をサポートしてくれていて、僕もモデルになったトリスの広告写真を撮影してくれた。だから、僕はコマーシャルタレント上がりです、と自己紹介することがある。
しかし、写真家の道は歩まず、演劇のほうに進んでしまった。10年ほどたったとき、この件で、僕はずっと待っていたのだよ、と田沼さんからお小言をいただいた。恐れ多いことだ。
それはともかくとし、40代は折からのライカ・ブームに乗り、毎日のように銀座の中古カメラ店を徘徊し、掘り出し物を少しでも安く、などとさもしい根性で物色していた。
そんななかで銀座教会堂ビルの8階にあるレモン社にはずいぶんとお世話になった。なんといっても品揃えが豊富という点がありがたい。また買い取りや委託販売にも力を入れている様子だ。
しかも、銀座でも珍しい教会のビルの最上階にあるというのが、なんとも不思議だ。
いつからか写真撮影もデジタルとなり、今やスマートフォンが主流となっている今日このごろ、久しぶりにレモン社を覗いてみた。
アナログの銀塩カメラなど見向きもされないのかと思ったら、あにはからんや品揃えは昔と変わらず、なかなかに賑やかだ。当時、垂涎の的であった旧東ドイツ製のレンズなど、僕が欲しかったころの2倍の値段で取引されているようだ。
やはりいいものは時代を超えて長く残っていくのだろう。珠玉のレンズ群に囲まれながら、僕は、古を思って、またしても陶然となるのだった。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2023年8&9月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「レンズの輝きに魅せられて」。