銀座より道、まわり道

日本ウイスキーの薫風

文・山口正介 イラスト・駿高泰子

Text by Shosuke YAMAGUCHI

Illustration by Yasuco SUDAKA

このところ、海外からの観光客で賑わう銀座だが、買い物の傾向も変わってきたという。

かつては高性能の家電製品などを大量に購入する姿を見受けたものだが、今は日本の自然を楽しんだり、飲食したりという体験にスタンスが移っているようだ。

こうして品物の入手よりも体験できる消費が主になっている中では、和食の体験が主流だが、飲み物として日本のウイスキーも好まれているようだ。
特に長期熟成のウイスキーは今や大人気となっている。

かつては発祥の地であるスコットランドやアイルランド産が基本となっていたが、現在は世界中で生産が行われ、いずれも高品質のものを生みだしていて、中でも日本産のウイスキーのランクは年ごとに上がっていく。

もっとも、樽に仕込んでから長い年月を必要とするため、消費に合わせて大量生産できないという希少性がある。

折からの世界経済の成長により、高級ウイスキーの売れ行きが好調で、すなわち長期熟成した原酒の在庫が英国でも底を突いてきたという事情もある。

そこで、世界の好事家の目についたのが、これまでも欧米の品評会などで高く評価されてきた日本産のウイスキーである。実のところ、僕にとっては幼少のころから、知らず知らずのうちに、お世話になったのが日本のウイスキーだ。

父親が長く洋酒メーカーに勤務していたので、僕はウイスキーによって育てられたともいえる。
それゆえか、店頭にウイスキーを置いている専門店を見かけると、ついつい足を運んでしまう。

銀座の晴海通りと銀座三原通りが交叉する辺りにある、日本ウイスキーをショウウインドウに飾っているお洒落な店舗が気になっていた。

『LIFE VACATION』という酒屋としては珍しい名前であったが、ヴィンテージの日本ウイスキー、各種の洋酒や日本酒を販売しているお店であった。

最近の流行りというには、あまりにも長い年月を経たウイスキーのボトルが並ぶ。単に17年、あるいは21年もののウイスキーというだけではなく、それがボトルに詰められてから10年、20年と経過したものが高価格で評価されているのだった。

また、それぞれにシングルモルトかブレンデッドものかによる違いなど、各種の味わいがあり、楽しみは尽きない。
客筋も、僕が見たかぎりでは、そのほとんどはインバウンドなのではないか。

豊かな香りが鼻腔を満たし、喉越しの複雑な味わいが、長い眠りから覚めた、深い魅力に陶然となる。

やまぐち しょうすけ

作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。

*掲載情報は2025年8月号&9月号掲載時点のものです。

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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「日本ウイスキーの薫風」。