銀座より道、まわり道

昭和レトロの香りと辛み

文・山口正介 イラスト・駿高泰子

Text by Shosuke YAMAGUCHI

Illustration by Yasuco SUDAKA

昔、本誌のページで別のエッセイを書いていたころ、インド取材があり、ニューデリーのレストランで、カレーがお好きなんですね、とウェイターに言われたことがある。一時は、インド人よりもカレーを食べていると豪語したものだ。

僕が学生時代、東京のカレー店で有名なのは、渋谷のムルギーと銀座のニューキャッスルではなかったか。
まだインド人シェフがカレーを作るレストランが少なかったころだ。

今ではエスニック料理の一翼を担う料理として、カレーは全国に沢山の店舗が開店している。その多くは、日本でインド料理を学んだネパール人によるものだという話は、最近知った。

それはともかくとし、日本には独自に発展したカレーがあることは、ご存じの通り。一説では、インドから英国経由で日本に伝来した料理方法によるものだという。

小麦粉を炒めて市販のカレー粉を入れ、人参と玉葱、豚肉を投入する家庭料理としても発展した。

ということで、銀座に出るとニューキャッスルのカレーが懐かしくなる。はじめて食べたのは50年も前のことになるのではないだろうか。

店舗は、柳通りから西銀座通りに出るあたりで、当時の銀座でも、すでに珍しかった平屋建てではなかったか。
看板に辛来飯(カライライス)と書いているところが独創的だ。カレーとはいえ、当店のレシピは他とは違うという宣言か。

確かに現地で食べるカレーとも家庭で食べるカレーとも一線を画す。
甘みと酸味、後から来る軽やかな辛さは格別であった。
カレーは一種類のみで、量の違いによって、大井、大森、蒲田と京浜東北線の駅名が付けられているところも独創的。

さらにユニークなのは、大森が大盛りではないことだ。僕の感覚では大森が他店の普通盛りほどだろうか。僕はいつもこの"大森"を頼んでいた。

そんなニューキャッスルが閉店してしまったことは知っていたが、昔からの常連客の手によって、同じ銀座で再開していたことは寡聞にして知らなかった。
これは訪れなくてはならない。

場所も柳通りだが、今度は昭和通りに近い集合ビルの地下で、店名も前と同じニューキャッスルだ。
この辺りは昔の銀座の雰囲気を残して、今流行りの昭和レトロを感じる。店内も懐かしいスナック風で、いかにも近所の常連客らしき人が親しそうにカウンターを埋めているのも昭和の味わいだ。

一口食べれば、誰でも一瞬であの時代にタイムスリップできる。

やまぐち しょうすけ

作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。

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*掲載情報は2025年7月号掲載時点のものです。

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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「昭和レトロの香りと辛み」。