銀座より道、まわり道

グラフィックデザインと
美術のあわい

文・山口正介 イラスト・駿高泰子

Text by Shosuke YAMAGUCHI

Illustration by Yasuco SUDAKA

銀座には画廊が多く存在する。というのに、僕が銀座で画廊巡りをしていないことを不思議に思っている読者もいらっしゃるかもしれない。

何をかくそう、僕は芸能については多少わかるつもりだが、いわゆるファインアートと呼ばれるようなものに、とんと疎いのだ。銀座をぶらぶらしても、画廊の前は、そのウインドウを斜めから眺めるぐらいにとどめて、先を急ぐのだった。
しかし、かつて一度だけ、銀座の画廊にお邪魔したことがある。

銀座7丁目にある『ギンザ・グラフィック・ギャラリー』、略して『スリー・ジー(ggg)』の愛称で知られている画廊だが、名前からもわかる通り、いわゆる美術作品を扱うのではなく、グラフィックデザインと呼ばれるジャンルの作品を展示しているギャラリーとして業界では有名な場所なのだ。

ご存じのように、今日のグラフィックデザインの世界はレベルが高く、前衛的な芸術の一角を担っているといってもいいだろう。

あるとき、この世界的にも高く評価されている日本のグラフィックデザインの紹介を続けている『スリー・ジー』に立ち寄った。数十年前のことなので正確な日付は忘れてしまったが、このときの展示は、コマーシャル業界では常に最先端を走っていた洋酒メーカー、サントリーのコマーシャルの歴史を遡るものだった。

もしかしたら、サントリー宣伝部が独立して作ったサン・アドの回顧展だったかもしれない。

優秀なアドマンが揃っていたサントリー宣伝部が他業種の宣伝制作もやりたいというコンセプトではじめたのが、サン・アドだった。私事で恐縮だが、僕の父は長くこの会社に在籍していた。

「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」というキャッチコピーを書いた作家として、肩書きがわりに使われることが多い。

しかし本人は、「あれは、皆で作ったんだよ」と言うのが常だった。何十人もの部員がアイデアを出し合って、レイアウトやコピーを何種類も考えた挙句に選ばれた合作であるというのが、父の言い分だった。

むしろ前田勝之助の浪曲を採用したヘルメスドライジンのCMのほうが自分自身のアイデアであったということだった。

ともかく、その懐かしいテレビCMとも、この『スリー・ジー』の展示で再会することができた。その時々で消費されてしまうCM作品をアーカイブ的に見られることは有意義だろう。

せんだっても、ある意味で思い出のある、このギャラリーを再訪した。そして、現在の商業広告は、さらに洗練されて、本格的な芸術をも凌駕する勢いであることを、改めて実感させられたのだった。

やまぐち しょうすけ

作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。

*掲載情報は2025年11月号掲載時点のものです。

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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「グラフィックデザインと美術のあわい」。