銀座の謎

こんなところに、
昔ながらのこんな店

文・山口正介 イラスト・駿高泰子

Text by Shosuke YAMAGUCHI

Illustration by Yasuco SUDAKA

こんなところというのも、こんな店というのも失礼にあたるだろうか。
銀座4丁目『和光』の裏手にある居酒屋だ。一見、派手なように見える銀座だが、ぶらりと足を運ぶと、なかなかに得難い古風な店も点在しているのだった。

はじめて入ったのはずいぶんと昔のことになる。おそらくは昭和60年代ではなかったか。
僕が偶然、見つけたのか、誰かに連れて行ってもらったのか。今となっては記憶もあやふやだ。ちょいと立ち寄るには便利そうな店で、すでに満員だったのは覚えている。そして、同行した友人から、ずいぶん食べるねえ、とあきれられたものだった。

イラスト・駿高泰子

今、ちょっとデータに当たってみると、創業は昭和57年というから、僕がお邪魔したころは開店早々だったということになる。それまでも銀座界隈をふらふらと周遊していたから、たいがいの店は看板だけは知っていたが、ここは銀座としては比較的新しかったので知らなかったのだ。もともと新宿にも姉妹店(というのかなあ)があるという、美味しいものが好きな方たちの間では有名な店であったらしい。

高級店が多い銀座としては、庶民的といえるだろうか。椅子も板張りのベンチスタイルであり、これも銀座としては破格だろう。
主に串焼きや煮込みが名物であり、いずれも絶品といってもいい味だが、キャベツの煮込みもおすすめだ。
一般に、ヤキトリの店のキャベツは生にウスターソースというのが決まりのように思っていたが、ここではさっと煮込んで食感とスープの味が楽しめるという一品になる。

飲み物としては焼酎にワインをちょいとブレンドするという「葡萄割り」が名物というと、ああ、あの店かとすぐに了解される方も多いと思う。「すいすいと飲めてしまうわりには強い酒です」という忠告があるぐらいで、油断ができないところも、昔ながらの飲み屋の矜持を感じるところだ。

大衆的な店である人気店でありながら、なおかつ客席の数も限られているので、要予約ということになるか。開店時間が早めであることもうれしいところで、さっさと出かけてコース料理を注文して、さてと落ち着いて盃を傾けるというのが定番になるかもしれない。
モダンでお洒落で回転が速く、流行の最先端を享受できるのが銀座の利点ではあるのだが、ここだけは昭和の薫りが色濃く残る、というのも銀座の謎の一つだろうか。昭和レトロでほろ酔いも、一興かも。

やまぐち しょうすけ

作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。

*掲載情報は2020年8&9月号掲載時点のものです。

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山口正介さんが綴るコラム【銀座の謎】。「こんなところに、昔ながらのこんな店」。