銀座の謎

ハイエンド・
オーディオの魅力

文・山口正介 イラスト・駿高泰子

Text by Shosuke YAMAGUCHI

Illustration by Yasuco SUDAKA

かねてより気になっていたお店がある。
外から覗けるショーウィンドウに各種のスピーカーが並べられている。いわゆるオーディオ・ショップなのだが、品揃えなどが他店とかなり違っているような気がした。

しかし、なかなかに入りにくい。言うまでもなく、それなりのオーディオは、それなりの高額商品だからだ。

などと考えていたのだが、ついに意を決してお邪魔しようとしたら、お店ごと引っ越ししたような形跡がある。一昨年あたりに、ほぼ斜め向かいのビルに転居なさったとのこと。路面店ではなく2階と5階なので、通りすがりでは気がつかなかったのだ。

某日、予約もしないで、ふらりと寄ってみた。2階のショールームは、ちょっと開けるのをためらう瀟洒なドア越しにあった。僕のお目当ては往年の名器、デッカ社のデコラ。旧店舗のウィンドウ越しに眺めた垂涎の一体型ステレオだ。

イラスト・駿高泰子

この名器の存在自体でお店の風格も理解できるでしょう。
かつて五味康祐さんを魅了し、新潮社伝説の名編集者・斎藤十一さんが愛用した、あのデコラです。
ごく最近、都内某所で完全レストアされたデコラの音をすでに聴いていたので、あえて試聴などは望まなかったのだが、世界限定100台といわれた名器がここに展示されている。それだけでも、お店のポリシーが分かる。

しかし、このお店の特徴はヴィンテージのみならず、いや、それ以上に最新の技術を導入した最新鋭の機種も各種取り揃えているところだ。レコードがCDになり、今やハイレゾというネットから直接、ダウンロードする楽しみ方がメインになりつつある。その最先端も、このお店で堪能できるのだった。

ふと気がつくと、北欧家具の椅子に腰掛けてJBLのパラゴンでクラシックを聴いていらっしゃる先客が。その音色は奥ゆかしく繊細だ。ジャズを大音量で聴くものと思っていた先入観が、覆させられた。これも〝あり〞なのが、オーディオの面白さ。

お暇するときに、エレベーターホールの古風な佇まいに気づく。聞けば、かつて映画の並木座が入っていたビルをそのまま使っているのだという。なるほど展示室の重厚感も、それ故だったのかと得心がいく。

しばらく並木通りを歩いていて、ある事実に気付き、慄然とした。店内には値段表示どころか機種名も提示されていなかったのだ。これも銀座の謎であり、格調というものだろうか。

やまぐち しょうすけ

作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。

*掲載情報は2020年11月号掲載時点のものです。

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山口正介さんが綴るコラム【銀座の謎】。「ハイエンド・オーディオの魅力」。