銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
銀座といえども栄枯盛衰は世の習い。新しいお店がどんどん出来てくるし、ビルは四半世紀ごとに新築されるという。したがって、数十年も経つと、まったく違う街の景観になってしまう。
この連載では色々と銀座の老舗を取り上げている。また、親の代からの行きつけの店にはじまり、僕が新しく開拓したお店、それにどんどん新規開店の店舗が出来ているので、そちらにもお邪魔している。
この日は、そんなことを思いながら、何十年か前に通っていた料理店がまだ健在であるかを確かめに、いつもは通らない道を歩いていた。
それは京橋から三原橋にいたる昭和通りだった。交通量も多いので、普段は裏通りを狭い路地伝いに歩くのを常としている。そのほうが面白い店を見付けられるという下心がないわけではない。
そんなとき、ふと真新しいビルの看板を見上げると、懐かしい名前が目に飛び込んできた。
『銀座トラヤ帽子店』というのが正式名称であるらしいが、僕にとっては、単にトラヤで通用する帽子の老舗である。数年前まで中央通りに店舗があった。そのビルは中央通りに軒を連ねるビル群の中でも、最古参になっていたのではないか。おそらくは、僕が子供の頃から、その佇まいは変わっていない。古典的な鉄筋コンクリートの建物ではなかったかと思う。
大通りに面した個人商店は当時でも珍しかったのではないか。ファサードに大きなガラスのウインドウがあり、威風堂々という感じだった。
そこに紳士帽の定番であるボルサリーノが積み上げられていて、そのほかには季節ごとに麦わら帽や革製の帽子などが展示されている。銀座ならではの格式があり、僕などはよほどのことがないかぎり店内には入りづらい雰囲気があった。
現に、僕が捜していた冬用のツイード生地でできた帽子を購入しようとして、手にとろうとしたところ、フロアマネージャーとおぼしき初老の店員から、正しい帽子の持ち方を教えられるという体たらくであった。こういう社会生活一般の決まり事を勉強するためにも、老舗の持つノウハウは貴重なものなのだ。
そのトラヤが忽然と姿を消したのが数年前、ビルが建て替えられたのだ。
ところが、この新しいトラヤで聞いたところによると、店舗は間を空けずに、こちらの昭和通りのビルの中2階に移転したのだという。これは僕の不明であった。
店内を見渡せば、すでにして、僕が探していたワッチキャップが、お久しぶり、待っていましたよと言わんばかりに陳列されている。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2024年11月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「名店を見付ける」。