銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
銀座に出ると、必ず立ち寄るのがハンズ銀座店(旧・東急ハンズ)だ。館内に入ると、上から下まで各階をくまなく見て回る。これといった目的はなくても、この習慣を変えようとはしない。
これは何度も書いているので気が引けるのだが、僕のキャリアは演劇関係の仕事から始まる。俳優ではなく、舞台監督部という部署の助手の、また助手であった。ときに大工のように、また衣装の手配、カップや手紙などの細々した小道具の準備をするのが、その仕事だ。
既存のものでも、新しく作るものでも、あるいは購入にあたるのも、この部署の担当。だから木工所、デパート、量販店を探し回ることになる。なにも製作に使う新しいペンチやスパナーなどの大工道具を選ぶわけではない、小道具の素材を探すのだ。
オペラの登場人物が持っている懐中時計が必要となったときは、苦労した。通常の出来合いの時計を使えばいいのだが、広い舞台の上では目立たないのと、喜劇的な作品であったために、多少は誇張することになった。そこで考えたのが、女性が白粉をはたくコンパクトケース。
その丸い蓋付きの金属製のスペアケースを探すのが僕の仕事で、ハンズのようなドゥ・イット・ユアセルフの店で空のケースを探した。金色のコンパクトケースに、同じく手に入れた偽の金鎖を取りつけ、文字盤は厚紙に手書きで分針と秒針を描いた。
舞台製作の現場では、意外なものを意外な理由で必要とするのだ。こんな経験があるので、懐かしさも手伝ってハンズのような色々な商品が並ぶ店舗を歩くことになる。
いまどきのことだから、ネットで探して宅配で取り寄せればいいじゃないかとおっしゃるかもしれないが、僕にとっては、製品の手触りや光沢、持ち重りも重要な情報なので、実際に出歩くのだ。
ネット通販があるじゃないかといわれると、この連載は出向かなければわからない飲食だけになってしまう。
最近、ハンズで購入したのは、舞台関係のものではない。買ったのは、居職なので坐っている時間が長いから、疲れが少ないという高性能のクッション。このところの天変地異にそなえて、どの大きさの乾電池でも使える懐中電灯などなど。
それでも、ときとして、シェークスピアの『夏の夜の夢』を現代風にアレンジして製作するとしたら、そんな場合の小道具として使えるのではないか、などと考えながらウインドウショッピングをしている。
若かりし頃の見果てぬ夢を脳裏に描きながら、そぞろ歩くのもハンズを訪ねる一因ではあるのだった。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2024年12月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「リアル店舗を歩く」。