銀座の不思議
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
銀座八丁を歩いていて不思議に思うのは、時計のショップが多いことだ。4丁目の交差点に銀座のシンボルのような時計塔があるからだろうか。ほかの街では、ついぞお目にかからない、高級な腕時計を並べたウィンドウがどうしても目についてしまう。
還暦を記念して、自分自身に腕時計をプレゼントしようと思った。それが、もう10年も前のことになる。
中学に入学した時、お祝いの意味をこめて親から腕時計を貰った。それが、今でいうダイビングウォッチのイミテーションのごときものだった。僕はアレルギーがあるので、革のベルトは苦手だったのだ。だから金属のベルトのものを選んだのだが、それが自分の選択であったのか、今となっては判然としない。
偶然、金属ベルトで支障がなかったから、それ以来、買い換えるたびに、同じようなデザインを選んでいた。歴代の腕時計は、いずれもダイビングウォッチもどきのものだった。どうせならば、還暦祝いは本物を購入したい。本物といえばロレックスだろう。
腕時計は大人の男性の数少ない装飾品だ。よく、ネクタイとベルトと腕時計ぐらいしかお洒落の要素がないといわれていた。最近はネクタイが用いられることが少なくなり、人によってはチョーカー、あるいはピアスなどがお洒落アイテムに加わっている。しかし、僕はいたってオーソドックスだ。
今までの腕時計の機能の中で、必須と思われる点を考えてみた。長年の経験から日付表示は意外にも、あると便利だ。長針、短針、秒針はシンプルなものがいい。回転ベゼルは結局あまり利用しなかった。防水機能はほしい。どうせならば機械式がいい。
腕時計は孫子の代まで使えるものだが、電池式は意外にも対応する電池が製造中止になることがある。だから巻き上げは機械式にしたい。数多い腕時計ショップの中でも、やはり格式のある正規品専門店がいいだろう。銀座並木通りの『レキシア(LEXIA)』を訪ねた。
「LEX」はラテン語で辞書の意味の「LEXICON」から取られた言葉であり、「ROLEX」の「LEX」にも通じる。あとに続く「IA」は国などを表す。「LEXIA」とは、すなわちロレックスの国だと僕には思えた。
希望を伝えると、果たして理想的な逸品がカウンターの中にあった。しかし、僕の腕は細いほうだ。現代の腕時計はかなり大ぶりなデザインになっている。そこで、「このデザインで一回り小径のものはありませんか」と尋ねると、不思議なことにあるという。
こういうところが銀座の本格的なお店のありがたさだ。還暦祝いのロレックスは定期点検を経て、10年後の今も僕の左手首で時を刻んでいる。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2021年11月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座の不思議】。「時を刻む銀座で刻む」。