銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
今では2、3か所ほどになってしまったが、かつて銀座には10か所ばかりの試写会場があった。経歴欄をご覧になっていただければお分かりの通り、僕は長いこと各誌で映画評論の仕事をしている。いきおい試写の行き帰りには食事をすることになる。ランチはすでに何軒か行きつけができたが、まだ少ないので新しいお店を探していた。
40年近く前のことになるのだが、近所の喫茶店に日曜日ごとに現れる紳士の勤め先が銀座通りに面しているというので、社員の方々はお昼御飯をどうしているのですか、と尋ねてみた。僕は酒を飲まないので、行ったことはないのですが、皆は3丁目にある『銀座ささ花』という居酒屋に行っているようですよ、とおっしゃる。
その店が、昼は焼き魚や煮魚の定食を出していて、こちらも夜同様に皆さんがご愛用だということだった。これはいいことを聞いたとばかり、さっそく翌週には狭い階段を上がって、2階にある、その店を覗いてみた。
お昼御飯、食べられますかとカウンターの向こうで仕込みをしているお店の方に尋ねると、あんまり忙しくなったので、昼間の営業は先月一杯でやめました、とのことだった。残念、ひと足違いだったかと思ったのだが、カウンターの脇のガラス張りの冷蔵庫に入れられた日本酒の品揃えや店自体の佇まいが、妙に心に残った。
数か月後、ちょいと訳ありの女性と銀座で食事をしようということになり、彼女の行きつけの店に行ったら定休日だった。ふと思い出して、『ささ花』の急峻な階段を上がり、僕としては珍しいことだが、初めての店にご案内した。それをきっかけとして、以後はひとりで通うようになった。多い時は毎週、一度はお邪魔しただろうか。
だいぶ後になって、店主の土佐孝幸さんから、あの時、山口さんがお連れさんに山廃の説明をしていたけれど、まったくの出鱈目だったので、どうしようかと思いましたよ、と言われた。まあ、僕の日本酒に関する知識など、そんなものだ。後で分かったのだが、この店は都内でも有名で、地酒ブームを牽引した数店の中に数えられ、著名人も数多く利用しているという。
15年ほど前に、今の銀座1丁目に移転、居酒屋は洒落た小料理屋へと進化した。日本中の造り酒屋の社長や杜氏も訪れる。プロが来る店は間違いがないというのが、僕の持論だ。料理にも定評があり、最新の酒を教えてくれる、ありがたいお店だ。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2023年12月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「地酒の醍醐味、ここにあり」。