銀座の不思議

我が学舎は
銀座にありて

文・山口正介 イラスト・駿高泰子

Text by Shosuke YAMAGUCHI

Illustration by Yasuco SUDAKA

銀座の数寄屋橋交差点の一角が公園になっていて、岡本太郎が大阪万博のときに創った「太陽の塔」のミニチュア版のごときものがそびえ立つが、実は、こちらのほうが制作は早く、「若い時計台」という名称の巨大なオブジェだ。

その後方にちょっと気をつけないと見逃してしまいそうな、古風なコンクリートの建造物が鎮座している。これは泰明小学校の丸天井に特徴がある講堂にあたる部分なのだが、言われなければ、それと分からないだろう。

焼失前のパリのノートルダム寺院は、後ろ姿が美しいと言われていた。この泰明小学校の後ろ姿も、それに匹敵するのではないか。

今となっては、モダンな、というよりは、すでにして近未来を思わせるビルに左右を挟まれている校舎は、関東大震災の後、耐震構造に配慮して1929年(昭和4年)、鉄筋コンクリート造りの3階建てとして建造され、東京大空襲にも耐えたというから、昭和レトロを通り越して、そうとう年季が入っている。

イラスト・駿高泰子

現在の正式名称は中央区立泰明小学校であり、いわゆる通学区域は銀座1丁目から8丁目ということだが、いったいこのあたりに小学生がいるものだろうか。

確かに昔は商人の街であり、家族経営の店が軒を連ねていたから子供もいたに違いない。今は、条件つきだが、通学区域に関係なく入学できる制度もあるらしい。

校門の前の碑文には北村透谷、島崎藤村がかつて学んだとしてあるが、僕にとっては、粋人としても知られた国文学の池田彌三郎、劇作家の矢代静一、俳優の殿山泰司、信欣三、加藤武の母校、というほうがしっくりくる。やっぱり粋なもんだね、銀座の小学校、という感じだ。

そうそう、粋といえば、これは数年前のことになるのだが、この泰明小学校の校庭で行われた子供歌舞伎の公演を見学したことがある。名称を「新富座こども歌舞伎」という。

銀座といえば歌舞伎座もあり、中央区の町会と小学校が協力し、泰明小学校の庭に特設舞台を造って上演される。ちなみに演目は、巧みな口上があって、舞踊「義経千本桜 吉野山道行の場」と、芝居「白浪五人男 稲瀬川勢揃の場」であるからして、本格的なものだ。子供たちがなかなかに達者な芸を披露してくれるのだった。

世界有数の繁華街のまん真ん中に小学校があり、それも歴史的な建造物である校舎がそのまま使われていることは奇跡に近い。まさに〝銀座の不思議〞といっていいだろう。

やまぐち しょうすけ

作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)

*掲載情報は2021年5 月号掲載時点のものです。

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山口正介さんが綴るコラム【銀座の不思議】。「我が学舎は銀座にありて」。