銀座より道、まわり道

水の惑星をわが家に

文・山口正介 イラスト・駿高泰子

Text by Shosuke YAMAGUCHI

Illustration by Yasuco SUDAKA

月に一度、所用があって銀座の外堀通りを歩く。かつて大型書店が入っていたビルが『東急プラザ銀座』となり、お洒落なブティックとなってから、各フロアを覗くようになっていた。せんだって、昔からの僕の趣味を扱う店舗が新たに開店しているのを発見して驚いた。

子どものころから『ドリトル先生』シリーズを愛読していた僕が動物行動学者の日高敏隆さんを知り、コンラート・ローレンツ博士の著作へと進むのは当然のことだった。なかでも、ローレンツ博士が自分の研究所に設置した「調和水槽」は、僕にとって理想的なものだった。

「調和水槽」とは、いわゆる水生生物の水槽なのだが、水草を植え、上部から太陽光線に近い周波数のライトで照らし、光合成により酸素を発生させ、酸素を魚が利用し、呼気の二酸化炭素と排泄物で植物が成長するというもの。魚に少し餌を与えたりするほかは、水槽の中だけで完結している世界を作り出すのが「調和水槽」の考え方だ。

この発想に僕はしびれ、大いに感化された。今から五十余年も前のことだ。幸い自宅の一角に水槽を置けるスペースがあったのだが、当時、「調和水槽」は夢のまた夢で、その簡易型である、俗に「水草水槽」と呼ばれた設備を自作するほかに手だてがなかった。この「水草水槽」では二酸化炭素の充填など、人の手助けが必要となる。

当時、二酸化炭素のボンベを一般住宅で使用することは禁じられていたのではないか。手に入るのはハイボールをつくるときに使う炭酸水メーカーで、これを手動で毎日、少しずつ入れた。

太陽光線に近い周波数の照明は巨大な水銀灯しかなくて、こんなのを室内で点灯したら、まぶしくてしようがない。幸い真珠の選別にも使えるという蛍光灯があり、水槽に被せるランプシェードを自作した。

なにやら生物の実験室のようになってしまったのだが、そんな悩みを一気に解決してくれたのが、東急プラザ銀座に新設された『ADA LAB(エーディーエー ラボ)』だ。

こちらのお店では、水槽自体が無骨なステンレス縁からガラスの一体型になっている。照明もコンパクトで、二酸化炭素は自動供給機が開発され、デザインもお洒落だ。ここにおいて、はじめて水草水槽はハイセンスなインテリアとしても楽しめるようになった。

水槽に同居する熱帯魚の管理にも格段の進歩があり、水草の育成も研究の成果か、水質の管理や肥料など、各種の機材が揃えられるようになったのだった。

地球温暖化や異常気象が伝えられている今日この頃、自然本来の営みを自宅の居間で、居ながらにして、垣間見られる。アマゾン川の水系や深山幽谷を再現する。これは何ものにも、かえがたいことなのではないだろうか。

やまぐち しょうすけ

作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。

*掲載情報は2023年4月号掲載時点のものです。

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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「水の惑星をわが家に」。