銀座の謎
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
このところの銀座というと、とかく表通りの高級ブティック、本格的なフレンチやイタリアン、あるいは京阪の老舗が出店して、いまや“銀座の華”と呼ばれるようになった高級料亭などが話題になる。
しかし、一歩、横丁に入ると、昔ながらの洋食屋さんやら中華の、いわゆるラーメン屋さんとおぼしき個人経営の飲食店を発見することができる。これもまた銀座の不思議なところだ。
行きつけの割烹料理の店の板長に、「この辺りで美味しいラーメン屋さんはないかなあ」と聞いてみると、「僕らは休憩時間にどこそこに行きますねえ」などと教えてくれる。
彼らの舌は上等だから、教えてくれた路地裏の小さな店のラーメンが、まずかろうはずがない。よし、と思って出かけてみると、果たして長い行列ができている。行列のできる店は敬遠する僕は踵を返した。
その旨、件の板長に伝えると、「以前はそんなことはなかったんですけどねえ、最近はすっかり有名になって、僕らも気軽に入れなくなりました」とのことだった。このラーメン屋は業態を変えてしまったので、今はない。銀座の栄枯盛衰は早いのだ。
そんな中で、僕が友人と贔屓にしているのが、開業は大正年間という古い中華屋さん。歌舞伎座の近くにあって、足場がいい。
かつては、本当にラーメンと餃子と炒飯が名物という本格的なラーメン屋さんだった。食べ歩きが一種の流行となり、いわゆるグルメ雑誌などでは、冷し中華の名店として紹介されることが多かったのではないだろうか。しかし、近年、改装して多少は品数が増え、どちらかというとリーズナブルな中華料理屋、という感じになった。
昭和レトロの店内も懐かしい。古き良き時代の銀座の味わいを今に残す。看板には、中華そば、としてある。
昨年のある日のこと、友人を伴ってお邪魔し、ビールを頼み、麻婆豆腐や回鍋肉などを注文する。鶏とカシューナッツ炒めも食べたいし、餃子も食べたい、焼売も食べたいと、どうも食い意地の張っている僕は箸を止めることができない。最後は炒飯にしようか、めん類にしようか、いっそ両方頼もうか、と留まるところを知らない。
これでお値段のほうは、極力財布に優しいときているからたまらない。昨今の風潮としては、こうした古典的でリーズナブルなお店を、積極的に応援してあげなければならないという、困ったことになっている。ぜひ末永く暖簾を守ってもらいたいと思いつつ、銀座の夜風にゆられながら帰路についた。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2020年6月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座の謎】。「レトロな町場の中華も 銀座の楽しみ」。