銀座より道、まわり道

わが郷愁の
銀座デパート

文・山口正介 イラスト・駿高泰子

Text by Shosuke YAMAGUCHI

Illustration by Yasuco SUDAKA

銀座のMデパート、という便利な言い方がある。言うまでもなく、『松坂屋』『松屋』『三越』(順不同)の各デパートのことで、ちょっとぼかして書きたいときには重宝した。そのMデパートの一つで、もうだいぶ以前のことになるのだが、ほろ苦いような思い出がある。

学生服を着ていたのだから中学の1年か2年ぐらいの時だろうか。おもちゃ売り場にいた。静かな平日の午後のことだった。

商品を見ていると、背広を着た中年の男が歩み寄ってきて、「どこから来たのか」と詰問した。そこで川崎と答えた記憶がある。中学2年で国立に引っ越したのだから、やはり中学1年だったのか。「あのね。今日は学校へ行っていなければ、だめじゃないか」と男が咎める。「今日は、学校、休みです」と僕は答えた。

みんな、そういう噓をつくんだ、という顔をして、男は「なんだって」と続けた。「創立記念日で休みです」と僕が正直に答えると、果たして男は再び、みんなそういう噓をつく、という顔をした。公立学校はそんな習慣がなかったのかもしれないが、僕が通っていたのは私立だった。

「誰と、来たのかなあ。休みのはずはないだろ」と、なおも疑り深く、詮索する。おそらく、これが噂に聞く繁華街で不良少年を探す補導員というものだろう。

イラスト・駿高泰子

僕は、「母と来ました」と素直に話した。またまた、そんな噓を、と補導員とおぼしき男が顔をしかめ、「それで、お母さんはどこにいるのかな」と、まだ疑っている。「ほら、あそこにいます」と指さすと、ちょうど、僕が人さらいにでもあったかと、母が小走りに駆けてくるところで、それを見た男は、気まずそうに離れていった。

いまだに、待ち合わせまでまだ時間がある時、また最先端の流行を知るため、銀座に限らず、デパートの中を歩くのが好きだ。ただブラブラしていることが多いので、店員の方々にしてみれば、迷惑なことかもしれない。

いまは松坂屋の跡地が『ギンザ シックス』になり、ここにも顔を出していることは、前にも書いた。高級なブランドショップが並んでいるので、ちょっと新しい銀座の顔といったところだろうか。

僕にとって、かつての松屋は、やや山の手寄りの品揃えで、三越には下町の情緒と風情が漂っていたように記憶しているのだが、違うだろうか。4丁目に威容を誇るその三越は、増築してから下町っぽさが払拭されて、随分と洗練されたように僕には思える。

銀座のデパートを歩くたびに、あの時のことを思い出し、いい歳をして、また補導されるのではないかなどと、辺りを見回す。

やまぐち しょうすけ

作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。

*掲載情報は2022年8&9月号掲載時点のものです。

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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「わが郷愁の銀座デパート」。