銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
初めて銀座に行ったときの記憶はない。
物心つく前に叔母が、僕をペット替わりにして銀座を連れ回したのが最初らしい。未婚であった叔母に「子どもがいるのではないか」と誤解されると、家中で心配したという。
生まれ育った生家は港区にあったので、銀座は家から一番近い繁華街だったのだ。当時の渋谷はまだ場末という感が強かったが、ディズニーのアニメは渋谷で観たような記憶がある。青山、原宿あたりは草深い住宅街という風で、六本木は進駐軍の基地の街だった。
いきおい買い物や映画鑑賞は銀座に出ることが多く、両親に連れられて頻繁に訪れた。未だに映画は銀座の映画館で観るものという先入観があるのは、この頃に刷り込まれた印象からだろう。
だからといってきらびやかな思い出はない。横丁にはカーバイト・ランプで照明をした屋台が軒を連ね、進駐軍の物資を売る店や、まさに米軍相手のみやげ物販売の店があり、毎日がお祭りのようであったといえば、確かに絢爛豪華な場所ではあった。今や老舗といわれる名店も、こうした屋台だった。
小学生の頃、父の勤め先が三笠会館の並びにあり、近所の喫茶店で母と一緒に父の退社を待っていた。親子3人で洋画を観ては、夕食をとるのだが、名店を食べ歩くというようなことはなかった。行きつけは江戸料理『はち巻岡田』と当時は銀座にあった某寿司店だったりして、父がそれ以外の店に行くことはなかったのだった。
後年のことになるが、昭和39年頃、銀座6丁目、同栄信用金庫の同栄別館ビルの地下に、『クラブさむらい』があったという。
これは、ダイナースクラブが地方から上京される会員の便宜をはかるため、顧客サービスとして始めた談話室で、アルコール類も供された。もちろん在京の会員も利用できて、現在のクラブラウンジの前身である。“さむらい”というネーミングから、当時、破竹の勢いであった日本経済を彷彿とさせられる。
企業戦士は文字どおり、サムライと称されていたのだ。会員誌『ダイナースクラブ・マガジン(現シグネチャー)』にも「さむらいコーナー」があり、毎号経済界の名士が取り上げられた。
そして今、銀座通りは世界でも稀に見る超高級商店街であり、各国の名だたる名店、ブティックが林立する。それも思い思いに意匠を凝らした現代建築の粋を集める。
各並木道も整備され、銀座の顔としての新築工事も最近、やっと一段落したように見受けられる。
そんな銀座に、どんな思い出を刻むことができるだろうか、などと考えながら、そぞろ歩くのも一興というものだろう。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2022年4月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「銀座を巡る時間の旅」。