銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
生まれた家には祖父の蓄音機があった。小型の冷蔵庫ほどの大きさだっただろうか。もちろんゼンマイ駆動で手巻きのSPレコード用である。
母の嫁入り道具の中に『フランス映画音楽』という数枚のSPレコードセットがあり、祖父の蓄音機でよく『巴里祭』や『巴里の屋根の下』などのシャンソンを聴いた記憶がある。
もっとも、当時のSPレコードは割れやすく、その破片は鉛筆の芯を削るのに最適であった。そのために何枚かを、わざと割って怒られた。
長じてSPレコードの再生音を聴く機会があり、その生々しい音に驚いた。何故そうなるのか、僕などには分からないのだが、下手なLPやらCDなどよりも、音楽の魂のようなものを感じることができる。いつかはSPレコードの再生をきちんと聴かなければならないだろう。
そんなことを考えていたときに知ったのが銀座の『シェルマン アートワークス』だ。
こちらは蓄音機とSPレコードに特化したオーディオショップで、前から気になっていたのだが、立ち寄る機会がなかった。なるほど、店内には所狭しと貴重なSPレコードが並び、2階には、これまた貴重な年代物の蓄音機が並ぶ。
お店の方に、「以前、家の近くのT駅にお住まいの方のオーディオルームでSPレコードを聴いて感動したことがあります」と告げると、ああNさんですね、と即答された。こういう偶然というか奇遇は嫌いじゃない。
続けて由布院の亀の井別荘でも聴きましたというと、果たしてよくご存じとのことだった。狭い世界といってしまえばそれまでのことなのだが、ありがたいことだ。
NさんのオーディオルームではプレスリーやビートルズのSPを聴かせていただいた。そんなものがあったのかと驚かれるかもしれないが、電化が遅れたインドのマハラジャが持っている高級な蓄音機のために必要だったのだ。
プレスリーの口角泡を飛ばす歌唱は迫力満点であった。今のCDなどのデジタル音楽機器は、製品を造る技術が失われるとプレーヤー自体を簡単には再生産できなくなり、音を聴くことが難しくなる。
しかし、町工場のような小振りな作業場があれば、蓄音機の再生産はできるのだ。レコード盤も沢山残っている。古い演奏を聴けるSPレコードの蓄音機は永遠の文化財といってもよいのではないか。
今、温かい音色が再評価されてカセットテープがリバイバルしている。それに続いてSP再生も注目されるべきだろう。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2024年5月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「楽の音は遥かに」。