銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
親子ほども歳の違う、若い人たち2人と僕の3人で忘年会を開いた。実は銀座のヤマハのサクソフォン教室に通っていて、同じクラスの仲間である。
場所の選定は今どきのことだから、スマホで簡単に手配してくれた。僕はいまだにガラケーなので、こうしたことは、すべて若い人にお願いしている。暮れも押し迫っていたのだが、意外にも予約が取れた。
場所は教室からほど近い銀座通りのビアホール、『銀座ライオン』。予約しておいてよかったと思ったのは、ビルの前まで行ったとき。すでに行列ができていて、学校の体育館ほどもありそうな館内は満員御礼の状態であったのだった。
このビアホールには思い出がある。もう20年ほども前のことになるだろうか、イラストレーターの安西水丸さんか、和田誠さんの個展が銀座のギャラリーで開催されて、その打ち上げで、繰り込んだのだ。
なぜ、安西さんか、和田さんかを憶えていないかといえば、おふたりがいらっしゃったことだけを記憶しているからなのだった。
銀座ライオンビルの館内は体育館と形容したが、実際にはヴィンテージの美術品のようなものだ。昨年の11月には国の登録有形文化財に選定されている。
ビアホールは1934年にこちらの銀座ライオンビルの1階に造られた。戦火を免れ、銀座というか日本でも珍しく往時の姿を、そのままに留めている。
内装の意匠は豊穣と収穫を表現し、天井を支える柱は大麦を表し、赤煉瓦を積んだ壁面は大地の象徴。照明はビアホールならではのビールの泡をかたどっているといわれる。
正面の大壁画には大麦を収穫する女性陣が描かれているが、ガラスを使ったモザイク壁画だ。この店内の眺めだけでも訪れる価値はある。
今は、どこのお店でも最先端のデザインになってしまったが、こうした古を知ることができる店舗も落ち着いた雰囲気でありがたいものなのだ。
常に満席である店内を熟練のウェイターとウェイトレスが風のように軽やかに給仕する姿にも歴史を感じさせる。客への対応も堂に入ったものだ。
次々とサーブされる生ビールの味にも感嘆するが、料理のメニューにも趣向が凝らされている。といっても最近の流行に惑わされない、古典的な日本のビアホールのメニューという意味だ。定番のドイツ料理はもちろん、餃子もあるといったら驚かれるだろうか。
銀座の不思議というよりも、ここまできたら銀座の奇跡。いや日本の奇跡といってもいいだろう。今後も末永く現状を維持してもらいたいと思うのは僕だけではないはずだ。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2022年3月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「豊穣と収穫の昭和レトロ」。