銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
銀座通りを歩くと、いつもながら、そこはいわゆるインバウンド、外国からの観光客で賑わっている。
かつて文化人類学と言語学の西江雅之さんにうかがったところ、世界中の様々な言葉を採集したければ、銀座4丁目の交差点で調査するのが一番の早道だと教えられた。
銀座を歩くとき、僕は巨大ハブ空港の国際線ロビーにいると考えることにしている。ここでは、僕も搭乗客というか一人の異邦人だ。
ことほどさように各国の人々で賑わう銀座通り、晴海通りだが、そこに交差する数々の道は碁盤の目のように広がる。しかし、ちょっと裏に回れば、人通りも少なくなって、散策する楽しみも生まれる。一昔前ならば銀ブラと呼ばれただろうか。
そして、今まで知らなかった老舗にめぐり合うという幸運に恵まれることもあるのだった。
この日も、それまで一度も歩いたことがない道でウィンドウ・ショッピングをして、とある店舗の前で足が止まった。それは銀製品を扱う老舗『宮本商行』の品々を並べたギャラリーであった。
ウィンドウ・ディスプレイとして、これまで見たことがない小さな工作道具が置かれていた。作り手や製作の過程に興味がある僕は、それを見て店内に入った。
僕がはじめて目にした工具は、銀細工用のものだと店の方に教えられた。それを使って精緻な銀製品に彫刻を施していくのだった。こうした工芸品を見るのも、その工作過程を知るのも好きだ。
展示された銀製品は多岐にわたり、食卓に欠かせない各種カトラリー、カップ類、ディッシュ類、そのほか花器などが整然と並べられている。
宮本商行は明治13(1880)年創業、老舗も老舗である。
お店の紹介によれば、同社の銀製品は各国で愛用され、宮内庁御用達として宮家の食卓を飾ったという。
私事で申し訳ないが、麻布十番で花屋を開いていた叔父は、各国大使館の晩餐会で花を活けていて、テーブルに並べられた銀の食器類をそのつど、丁寧に磨きあげるのも重要な役割だった。
銀製品はハイレベルのクオリティを維持しながら、決して出しゃばらずに上品な佇まいを醸しだす。
食卓を彩るばかりではなく、指輪、イヤリング、ネックレスや腕輪などの宝飾品も熟練の技術者の手になる芸術品だ。
小さな銀のスプーンもある。西洋ではお金持ちの家に生まれることを、銀のスプーンをくわえて生まれた、という。それで赤ん坊が生まれたら、幸福を祈って銀のスプーンを贈る習慣がある。
静寂な中に佇む銀の重厚にして滑らかな輝きは、高貴な香りを放って人生を華麗に彩るものではあった。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2026年4月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「銀座に銀の輝きあり」。