銀座より道、まわり道

本格カレーも
老舗の味わい

文・山口正介 イラスト・駿高泰子

Text by Shosuke YAMAGUCHI

Illustration by Yasuco SUDAKA

カレー好きの方は多いと思うが、僕も人後に落ちないカレー好きだ。
かつて、本誌『シグネチャー』の海外取材でインドを訪れたとき、滞在したホテルのレストランでウエイターから、お客さん、カレーが好きなのですね、と言われたぐらいだ。

このとき食べたベビーラムの脚をタンドーリにした味は忘れられない。1週間ほどの旅行だったが、インドに行って太って帰って来たのは、僕ぐらいだろうというのが、ちょっとした自慢ではある。

好きが高じて、自分自身でもカレーを作る。僕のカレーレシピは先にお話しした『シグネチャー』の海外取材をまとめた『たまにはリゾート気分』(あすか書房)に書いているので、興味をお持ちの方はネットなどで捜していただけると幸いだ。

とはいうものの、レシピは講読している、ある新聞の日曜版に何方かが書かれた家庭料理欄からの引用である。インド料理に詳しい方に読んでいただいたら、基本的には南インド料理の作り方だが、北インドで使用する香辛料も使っているから南北折衷だと指摘された。

これほどのカレー好きだから、外出先でも、非常にしばしばカレーライスを選ぶことになる。本格的なカレーに目覚めたのは、なんといっても銀座の老舗『ナイルレストラン』を知ってからだろう。もう半世紀も昔のことだ。

創業は1949年というから、僕よりも1つ年上ということになる。定番のムルギーランチに一目惚れというか一口惚れか。鶏もも肉をカレーで長時間煮込んだものと温野菜、イエローライスが一緒盛りになって供される。これを、食べる前に混ぜ合わせるところに妙味がある。複雑な香辛料の味と香りが渾然一体となって、陶然となるのだった。

場所柄、歌舞伎座の役者衆、裏方の皆さんもご愛用であるらしい。歌舞伎界とも近い関係にあるお店だ。

僕が通いだしたころは、各国のエスニック料理も、それそのものがまだ珍しく、ましてフロアでサービスする店員の方までがそのお国の方というのは、非常にまれであったと思う。

詳しいことは皆さんのほうがご存じのこととは思うが、創業者は日本と縁が深かったインドの方で、戦前から日本に留学したなどの経緯から、このレストランの開業にいたったという。

かつて、1週間ばかりの滞在であったが、インドでは3食、カレーを食べていた。そのたびに思い出しているのが、銀座のこの店というのも、なんとなく面白い経験ではあった。

やまぐち しょうすけ

作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。

*掲載情報は2024年10月号掲載時点のものです。

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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「本格カレーも老舗の味わい」。