銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
銀座で所用があり、少し早めに家を出た。約束の時間の前に、ちょっと立ち寄りたいところがあったのだ。新橋で下車して、銀座通りの左側を歩いていけば、子どもの頃から見慣れた看板が出ているはずだ。いわゆるインバウンドの人込みをかき分けて歩いていたら、2丁目まで来てしまった。どうやら看板を見落としたらしい。
丁度、目の前にあった、老舗の鞄店の店頭に銀座のPR誌が置いてあるのが目に入った。ちょっと失礼して、立ち読みさせてもらった。巻頭の地図を見れば、目的地の位置がわかるはずだ。初老の店長が応対してくれて、よかったらお持ちくださいとおっしゃる。
『黒田陶苑』に行こうと思ったのですが、見当たらないまま、ここまで来てしまったのです、と説明すると、それだったら、7丁目です、とのこと。
それが、見つからずに、と言うと、数年前に虎屋銀座ビルの建て替えに伴い、当該ビルの5階に移転したとのこと。表通りからは入れず、すずらん通りに入り口があると親切に教えてくれた。銀座の老舗の連携プレイには、常日頃から助けられている。2024年に移転していたので、看板は見つけられなかったのだ。
僕が黒田陶苑で見たかったのは北大路魯山人の作品だった。
子どもの頃、わが家の食卓の食器は皿小鉢から箸置きまで、すべて魯山人の作品だった。といっても驚かないでいただきたい。当時の魯山人は生活雑器を格安で販売していた。戦後すぐ、鎌倉で大仏堂という骨董屋を経営していた祖母が魯山人の雑器を二窯分、仕入れたのだ。数年で閉店して都内に転居したので、大量の食器類が在庫として残った。もとより箱付きなどというものではない。
同居していた二人の叔母が嫁ぎ、伯父と叔父一家が独立するときに、銘々がお気に入りの魯山人を持っていったので、最後まで祖父の家にいた僕たち親子にはほとんど残されなかった。つまり、散逸してしまったのだ。祖父が使っていたので、辛うじて残された織部の灰皿と赤絵の徳利と盃を父は愛用していた。
そんな経緯があるので、久しぶりに魯山人の作品を見て、昔を懐かしもうとしたのだった。しかし、やっとたどり着いた7丁目の新しいお店には、床の間に飾るような立派な芸術作品が置かれていた。僕が見たかった生活雑器は見当たらない。
お店の方にお訊きすると、ギンザシックスの裏にアネックスがあり、そちらだったら小品の皿小鉢もあるとのことだった。さっそく伺ったのだが、展示されている魯山人は、確かに魯山人らしく温かく柔らかい風合いで、共箱付きで新品同様の素晴らしい出来ばえのものだった。
それはそれで懐かしいが、わが家の何百回もお燗をつけて、すっかりくすんでしまった赤絵の徳利も味があるのだがなあと、昔の食卓を思いだしていた。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2026年6月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「思い出訪ねて感無量」。