銀座より道、まわり道

銀座といえば洋食屋

文・山口正介 イラスト・駿高泰子

Text by Shosuke YAMAGUCHI

Illustration by Yasuco SUDAKA

子どもの頃、銀座といえば洋食の街だった、と書いて、それが70年から60年前だったことに驚いている。
当時はビストロなどとはいわず、単に洋食屋といっていた。フレンチとかイタリアンなどという呼称がなかったとはいわないが、一般的ではなかった頃だ。

その頃の洋食とはどんなものだっただろうか。そこは、まずテーブルマナーを学ぶところだった。なにしろ、家庭ではほとんど和食だし、外食も寿司か蕎麦、あるいは鰻の蒲焼、といったところだっただろうか。ナイフとフォークを使う機会など、滅多にないという状況だった。

そこで、お見合いの席などで洋食が供せられたときに恥をかかないようにと、親に連れられて洋食屋に出向き、西洋料理の食べ方を教えられるのだった。

いずれにしても、70年から60年前の話だ。僕の場合は母が結婚前に料理教室に通っていて、そこで西洋風のテーブルマナーも習ったようだ。今は小学校の家庭科で教えられるのだろうか。

マナーといっても、音をたててはいけないとか、並んだナイフ、フォークは外側から使うとか、まだ食べているのに、ナイフ、フォークを皿の上にそろえて置くとさげられてしまうとか。

最初にポタージュかコンソメスープをとり、スプーンで前から向こうに掬うスープの飲み方も習った。そしてメインディッシュは、コロッケかポークソテー、エビフライといったところか。パンかライスをとり、小さなグリーンサラダが付いていた。デザートはプリンかチョコレートパフェが定番だ。

僕の理解によれば、メニューにライスがあるのが日本で独自に発展した和風の洋食屋で、ライスがない店が西洋料理の店ということになる。

「挽きたて合せたて/古き良き味/今に伝える/ハンブルグステーキ/です」という手書き風の看板を見つけて懐かしくなった。ここは、銀座1丁目に帰って来た『つばめグリル』銀座本店、創業96年、老舗の洋食屋さんだ。

ハンバーグを、この店ではハンブルグステーキと呼ぶ。そもそもは銀座通りにあったのだが、一度、「銀座コア」の地下に移転して、去年の秋口に1丁目に新店舗が開かれた。なにしろ、ロケーションがいい。銀座としては珍しく緑が多い銀座桜通りに面していて、最近まで首都高速の高架橋部分であったが、今は遊歩道として再開発が進んでいる場所だ。道路に面していた高架下部分に路面店が次々と開業して、今後は銀座でも、もっともお洒落な一帯となるだろう。

『つばめグリル』のメニューは昔の洋食屋さんとは一線を画して新しい。今風の言い方でいえば、ヌーヴェルキュイジーヌならぬシン洋食とでもいうカテゴリーになるのだろうか。

そして、僕はライスがあることを見つけて、嬉しくなっていた。やっぱり、ここは懐かしい洋食屋さんなのだ。

やまぐち しょうすけ

作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。

*掲載情報は2026年10月号掲載時点のものです。

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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「銀座といえば洋食屋」。