銀座より道、まわり道

名店の風を受け継いで

文・山口正介 イラスト・駿高泰子

Text by Shosuke YAMAGUCHI

Illustration by Yasuco SUDAKA

映画評論の仕事もしている僕は、銀座周辺で昼食と夕食を食べることが多かった。今現在は少なくなったが、映画の試写室が銀座に沢山あったからだ。

銀座で美味しい昼食を食べられるところはありませんか、と銀座に会社がある方に訊ねたのは1985年ごろだっただろうか。教えられたのが、以前、この欄でも取り上げた3丁目の『銀座 ささ花』という、銀座では珍しい、気取らない居酒屋だった。さっそく、銀座に出た折に集合ビルの狭い階段を登ってみると、お昼の定食は先月で終わりましたと、お店の方に言われた。しかし、そのときの店内の雰囲気がよかったので、後日、改めて夕食をとりに伺った。

その後、1丁目に店舗は移転し、数年後、並木通りに店主の土佐孝幸さんが、支店として『並木 ささ花』を開店した(現在は閉店)

 『銀座 ささ花』の居酒屋風だった店舗は、懐石風の小料理屋へと変身したのだった。と、いうところまでは、すでに書いた。

1丁目の本店は花板というのか板長の中村宗近さんが任せられることになる。ご存じの方も多いと思うが、『銀座 ささ花』は都内で地酒を広めた三軒の飲食店の一つとして有名だった。その『銀座 ささ花』が、惜しまれつつ、今年の2月一杯で閉店するまで、僕は通い続けたのだった。いま数えると、四十余年になるか。ここで酒や料理のことを教わり、気の合う友人にも恵まれた。それはともかくとして、閉店は、ご多分に洩れず、ビルの建て替えが理由だった。

これは困ったことになったと思っていたら、中村さんが独立して、場所も銀座の3丁目に新しくお店を開くという嬉しいニュースが届いた。

お店の名前は『銀座 割烹 なか村屋』という。4丁目の王子ホールディングス本館の向かい側の集合ビルの4階だ。今年の7月7日がオープンだった。

さっそくお邪魔したのだが、こんな使い勝手のいい場所が、よく残っていたものだと思う。カウンター8席、奥に掘ごたつ風の座敷があり、かつての本店と並木店の良い所取りといった塩梅で、しごく居心地がいい。

長年の経験から中村さんが苦心して、細かく設計を提案した設えだという。

これからも季節、季節の心尽くしの料理が楽しめるかと思うと、嬉しくなる。もちろん、厳選された地酒の銘柄の数々もずらりと揃えられている。

この日は三人連れ、二人連れでカウンターは満席だったが、たまに一人で、軽く飲みたい僕にとって、この地に、この店があるのは、有り難いことだ。

なにしろ、若い中村さんがこれからも末永く活躍してくれそうなことが嬉しい。

銀座には何代も続く老舗も多く、確かに勉強になるが、こうした新しい世代が新しい形態を開発してくれることも大切なことだ。新規開店にして順風満帆の船出に快哉を叫ぶ僕だった。

やまぐち しょうすけ

作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。

*掲載情報は2026年11月号掲載時点のものです。

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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「名店の風を受け継いで」。