今月の一皿

鮨職人の挑戦 九州から東京へ

写真・栗林成城 文・下谷友康

Photographs by Shigeki KURIBAYASHI

Text by Tomoyasu SHITAYA

日本ほど、四季がはっきりとしている美しい国を僕は知らない。四方を海に囲まれていて海流の変化を受けやすく、そのため季節ごとの海産物がこんなに豊富なのも恐らく日本以外にはないだろう。

そんな中でも、旬という考え方で季節ごとの食材を楽しめる王道が鮨。10年くらい前に食通で有名な友人に誘われて、北九州の小倉に旅行した際に訪問した『寿司竹本』という鮨店があった。まだ若いご主人が一生懸命頑張っていたことを思い出す。

時が経ち、九州全域でも有名になったこの店が、突然東京にやってきた。店主である竹本さんは、「国内最高エリアで自分を試すための挑戦です」と言う。そんな向上心と謙虚な姿勢が、凛とした店の雰囲気にも表れている。

外苑前の銀杏並木のすぐ近く、大通りに面した階段を降りると、そこには外の騒音がまったく聞こえない、気持ちのいい空間が広がっている。みごとな白木のカウンターに腰かけると、自然と背筋が伸びる。

「今月の一皿」にと考えた末に決めたのが、「対馬の天然穴子」だ。穴子は年々漁獲量が減っているらしく、本当にいいものは水揚げされた中でたった4パーセントくらいしかないという。

この店では、プロの目利きが選別した穴子を急いで店に持ち帰り、純米酒と黒糖、薄口醤油で炊き上げる。特に火加減には細心の注意を払い、3時間ほどフツフツと弱火で仕上げるそうだ。軟らかくふわふわで優しい穴子はこうして出来上がるのである。

大好きな煮蛤は、国内最上級の品質を誇る茨城県鹿嶋産の蛤だ。たっぷりの純米酒とみりんで65度のこだわりで味をつくる。うっすらと浜の香りが残る蛤は食べ応えがある。

鰯はさらに貴重だ。漁船の甲板に水揚げされた鰯はどんどん鮮度が落ちていくため、漁の最後に上がった鰯の中から、さらに脂ののったものを選別して仕入れ、その後は0度の環境で食べごろまで寝かせるそうだ。綺麗に包丁が入って仕上がった鰯は、季節感と一緒に楽しみたいものだ。

『たけもと』の美味しさの秘密はシャリにもある。「シャリが美味しいから具材が活きて、一つの料理として形を成すのだと考えます。シャリが1ミリでもより美味しくなるよう命懸けで取り組んでいます」と竹本さん。でも、その秘密は教えてくれなかった(笑)。

行くたびに進化する新店。「おつまみ+握り」もほどほどで、あとはお好みというスタイルも気分に合わせられてうれしい。

外苑前たけもと

東京メトロ銀座線外苑前駅からほど近い、カウンター9席のみのお店。奥様で女将の知佳さんとの息の合ったもてなしが心地よい。17:30からと20:30からの2部制で、コース33,000円(税込)。電話での予約の受付時間は12:00~15:00まで。

住所:東京都港区南青山2-22-17 センテニアル南青山B1F

電話:03-6434-5410

営業時間:1部17:30~ 2部20:30~

定休日:日曜

*ご紹介したメニュー等は取材時のもので、季節によって変更となる可能性があります。事前にお店にご確認ください。

*掲載情報は2024年5月号掲載時点のものです。

Recommends

会員誌『SIGNATURE』電子ブック版 ライブラリ
会員誌『SIGNATURE』電子ブック版 ライブラリ

電子ブック閲覧方法はこちら

下谷友康さんが綴るコラム【今月の一皿】。今回は「鮨職人の挑戦 九州から東京へ」。