今月の一皿

鮨ネタは重ねて

写真・永田忠彦 文・下谷友康

Photographs by Tadahiko NAGATA

Text by Tomoyasu SHITAYA

もう何年前かわからないけれど、たまに父に連れられて行った鮨店が勝どきにあった。当時はもちろん近隣の築地には市場があり、年がら年中、通りに人が溢れていたような記憶がある。

時が経ち、シンガポールへ旅行に行った際、「勝どきの『はし田』の息子さんがお店を出したようだ」と父から聞き、シンガポールのメインストリートにある『HASHIDA SINGAPORE』に伺った。東京と何も変わらない、いやそれ以上の洗練された空間で、最高級のネタを使った料理と鮨をいただいた記憶は今でも鮮明に残っている。

縞鯵と金目鯛の握り

息子の橋田建二郎さんが勝どきのお店を改装し、『HASHIDA TOKYO』として生まれ変わらせると聞いた。直感的に、これは楽しみなプロジェクトだと感じた。先代の時代は超がつくほどの新鮮なネタを豪快に振る舞い、たくさんの有名人も来店していた。今度はそこにシンガポールで食べたあの繊細な料理が加わると思うと、リニューアルが待ち遠しかった。

その新しい店は3階建て。まずは3階のカウンターへと向かう。大きな空間の中に茅葺き屋根、その下にカウンターがあるという不思議な空間だ。カウンターは右側と左側では奥行きが違う。「木がかわいそうだから、切らなかったんですよ」と橋田さん。楽しい会話だ。

華やかなスターター
水芭蕉

華やかなスターターは3品からなるが、擂り流しのコーンスープの初めの一口が冷たくてとても美味しい。そして、「今月の一皿」に選んだのは縞鯵と金目鯛の握り。ネタが薄切りで2〜3枚重なっている。橋田さんにその訳を尋ねてみると、「そのほうが噛みやすく、ネタとシャリがよく混ざるんです」とのお答え。

なるほど、ネタが口の中でうまい具合にずれて全方位的に味が行きわたる。これは新しい発見だ。ネタをちょっと炙る時は備長炭を熱いうちにネタに直接つけている。こうすることで香りが一段と引き立ってくるのだそう。太刀魚と雲丹の巻物も、新しい組み合わせでおもしろい。豪快かつ繊細な橋田さんの感性に、ハッとすることが多い。

橋田建二郎さん
店内

こだわりの日本酒はもちろん、シャンパンやワインのラインアップも充実している。2階はバースペースとしてこれから準備を進めるそうだ。そして1階は改装前のお店に極力近づけたそうで、当時の欄間やカウンターなど、懐かしい雰囲気が漂っている。新しいお客様も先代からのお客様も、きっと満足してくれるだろう。

HASHIDA TOKYO

お食事はおまかせのコース(38,500円/税込・サ別)を。ご主人イチオシの日本酒は群馬県を代表する酒蔵『永井酒造』の「水芭蕉」。近々、同社とコラボレーションした日本酒も誕生予定なのだとか。現在は3階のカウンター10席のみの営業だが、2階のバーも1階のカウンターも今後は営業開始予定とのこと。各階で楽しさが違うのもユニークで、ますます楽しみだ。

住所:東京都中央区勝どき3-8-11

電話:090-3290-0341

営業時間:19:00~23:00(完全予約制)

定休日:日曜

  • 新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。ご来店時は事前に店舗にご確認ください。

*掲載情報は2022年10月号掲載時点のものです。

Recommends

会員誌『SIGNATURE』電子ブック版 ライブラリ
会員誌『SIGNATURE』電子ブック版 ライブラリ

電子ブック閲覧方法はこちら

下谷友康さんが綴るコラム【今月の一皿】。今回は「鮨ネタは重ねて」。